「何を食べたんだ?」


「カッサータよ。早かったわね。

宗ったら、珠貴さんに会いたくて急いできたんでしょう」


「二人から、美味しそうなヤツを少しずつもらおうと思ってね。

けど遅かったようだな。珠貴は何を?」



そういうと、宗一郎さんは私の肩に手をおき、口元に顔を寄せながら鼻を

うごめかせた。



「またマスカルポーネか。君も好きだね。いつもそれだ。じゃぁ、俺は……

ビスコッティとアールグレイをストレートで」



注文を聞きに来た顔なじみのウエイターに、気安く声をかけた。



「今夜も接待でしょう。お体は大丈夫?」


「飲まないつもりだったが、滅多に手に入らないウィスキーがあるからと

強引に勧められてまいったよ。しかし、接待だとよくわかったね」


「だって、いつもならもう少し重いものを召し上がるのに、ビスコッティって」



静夏さんが俯いて笑っている。

何が可笑しいのか、くくっと口元がほころんでいた。



「私の入る隙間はないみたい。

あーぁ、二人の邪魔になりそうだから、私帰るわね」


「気が利くじゃないか」


「静夏ちゃん待って。もう少しご一緒に。宗もそんなこと言わないで。ねぇ」


「気をつけて帰れよ」


「はい、はい、そちらもごゆっくり」



手を上げただけの兄妹は、それが別れのあいさつで素っ気無いものだったが、

私は静夏ちゃんを店の外まで送っていった。



「宗って呼んでるんですね……家族だけなんですよ。宗って呼ぶの」


「ごめんなさい。妹さんのまえで、いつものように、つい」


「うぅん、いいんです。だけど宗ったら、座った途端、

珠貴さんの手を握るんだもの。ちょっとびっくりしちゃった」


「あら、気がついてたの」



宗一郎さんは、私の隣りに座るとテーブルの下で指を絡めてきた。

まるで会いたかったと語るように、指先から思いを伝えてくれたのだった。

  

「宗も、好きな人にはこんなことできるんだなって思ったら、

なんだか妬けちゃって。妹なのに変ですね」


「そんなことないと思うけど……」


「でもね、珠貴さんが兄を近くに感じてくださるのは嬉しいの。

ただ、ちょっと複雑な気持ちがして寂しかっただけ……

あっ、こんなこと言うと気になりますね。ごめんなさい。 

私、帰ります」



”知弘さん” と呼んだ静夏ちゃんに感じたものと、同じ思いを彼女も

感じていたらしい。

自分の所有物を取られたような寂しさは、わがままな感情だとわかって

いながら、複雑な思いはどうしようもなく、胸がもやもやとしていたのに 

「ちょっと寂しかっただけ……」 と言ってくれた静夏ちゃんは、私に

本音を漏らしてくれた。

その素直さが嬉しかった。