「さきほどの話、兄の方に落ち度があったなんてひどいわ。
本当は逆なのに、兄が何も言わないから周りからも誤解されたまま……」
「逆とおっしゃったわね。それは、お相手の方が他の方と……」
「理美さんには、ずっと好きな方がいらしたんですって。
だけど、小さい頃から兄との婚約が決まっていたから、
彼女も言い出せなかったみたい」
「まぁ……でも、どうしてそうだとわかったの?」
聞いてはいけない領域だと思いながら、私は好奇心が先走っていた。
宗一郎さんの婚約解消のわけを知りたいと前々から思っていただけに、
この機会を逃すまいと必死になっていた。
「誰にも理由を言わず婚約を解消してしまって、
周囲から責められても口を閉ざしたままで。
でも、兄は理由のないことはしない人です。
だから兄を問い詰めたんです。どうしてなの? 何があったのって。
……兄のほうが理美さんの様子に気がついたのだと教えてくれました。
彼女、いつまでも兄と距離をおいていたらしくて……」
「切ないわね……」
賢い女性だと思った。
あからさまな言葉ではなく、親密になって当たり前の婚約者との関係を、
距離をおいていたと表現した。
宗一郎さんの漏らした苦悩を聞いて、静夏さんもどれほど悔しい思いをした
ことだろう。
婚約解消の理由を知るのは、当人たちのほかには、理美さんのおじいさまと
静夏さんだけで、そんな大事なことを私が聞いても良かったのだろうかと、
立ち入ったことを聞いてしまったものだと、いまさらながら後悔が襲ってきた。
「このまま結婚するわけにはいかない。解消するには理由が要るだろうが、
女性側から断った方がいいだろうって、そう言うんですよ。
女性側が断れば、周囲は憶測で理由を設けるはずだからって。
自分に非はないのに、そんなことまで気遣って、全部ひとりで背負って……」
「そんなことがあったの」
理美さんと結婚するつもりでいた宗一郎さんが、婚約者の心に住む人の存在を
知ったとき、どんなに辛かっただろう。
婚約者に寄り添えない体と心を彼なりに思い悩んでいたはずだ。
彼女への愛情があったからこそ、苦しい思いを抱えていた理美さんを思い
やったのではないか。
「理美さん……珠貴さんもさっきご覧になったでしょう?
先生の前の彼女、とても嬉しそうな顔で……
私たちには見せたことのない顔だったわ。
ウチに遊びに来ても、いつも黙ったままで、こちらから声をかけて
やっと話すような人でした。
つまらなそうでもないけれど、嬉しそうでもなくて、つかみどころのない人。
潤とゆかさんは、いつも楽しそうで、仲が良くて……
でも、宗と理美さんは、いつまでも打ち解けなくて……
どうしてだろうって思ってました。
彼女の裏切りとは言いたくないけれど、それに近いものだと私は思っています。
だって、宗は彼女を大事にしてたのよ。それなのに」
そこまで言うと、静夏さんは顔を背け私から視線をはずした。
溢れる思いを一気に言葉にしたことで、言うつもりのなかったことまで
口にしてしまった。
その羞恥心が彼女を襲ったのかもしれない。