生まれた家が大きいほど、女性にとって婚約解消と言うのは、次の出会いへの

大きな障害になる。

先生がおっしゃった ”大変な頃” が、宗一郎さんとの別れをさしているの

だろう。

彼女は幸せを手に入れた。

でも彼は……

深く微笑むあの人は、心の奥に影を落としたままなのだろうか。

彼に落ち度があったとは到底考えられない。

それも女性関係とは、慎重な彼には似つかわしくない理由だった。



「ほら、覚えていない? 静夏さんのお兄さまよ。

あの方、お兄さまの婚約解消が原因で、中島先生のところもおやめになって」


「そうそう、おやめになってから外国に行かれたのよね。お可哀想に。

よほどお辛かったのね」



静夏さんの名前が出てきたため、私はふたたび耳を傾けた。

それにしても、なんという言われようだろうか。

静夏さんの留学は他の理由だと聞いていたのに、彼女達にとっては、

何もかもが噂の種になってしまうらしい。



「みなさま、お久しぶりです」


「えっ、あなた……静夏さん? まぁ……わからなかったわ。

お変わりになられたわね」


「いつ帰国なさったの?」


「私の名前が聞こえてまいりましたので、ご挨拶をと思いまして。

みなさまもお変わりなく」 


「あっ、あぁ、そうね。本当にお久しぶりね。お元気でいらっしゃった?」


「私が師事している先生が日本で個展をなさるので、

今回一緒に帰国しましたの。

みなさまも、どうぞ会場にいらっしゃってね。

とても素晴らしい作品が出品されておりますのよ。 

私、この先生に教えていただきたくて、両親の反対を押し切って

日本を飛び出したくらいですから」



そのときの私は、グラスを持ちながら肩を震わせ笑いを抑えていた。

静夏さんの見事な切り返しに、噂好きな彼女達は面目を失ったはず。

振り返って彼女達の顔を見てみたいと意地悪な思いが浮かんだが、振り返る

前に声を掛けられた。



「こんばんは」


「こんばんは。あなたも中島先生の?」


「ほんの短い期間でしたけど。先生にご挨拶をと思いまして……

珠貴さんにも聞こえてましたよね。彼女達の話し声」


「えぇ……」



噂話をしていた数人に冷たい目を向けているのは、宗一郎さんの妹の静夏さん

だった。



「来なきゃ良かった……兄の気持ちも知らないで、ホント、人って勝手ですね」


「出ましょうか。ほかでゆっくりお話しをしましょう」  



はい、と素直な返事があり、私たちは女性に埋め尽くされた会場をあとにした。