私のあとに中島先生に挨拶をしている女性は、近々結婚が決まっているのか、

先生から祝いの言葉が伝えられていた。



「本当に良かったわ。大変な頃もありましたものね。

でも、それを乗り越えられたのね。素晴らしいことよ」


「ありがとうございます。先生、式には是非出席していただけますか」


「えぇ、喜んで。あなたが選んだ方に、お目にかかれる日を楽しみにしているわ」



女性は恥ずかしそうに俯いたが、その姿には喜びが溢れている。

きちんとそろえられた手が備わった礼儀正しさを示し、身につけている

装飾品が家柄の良さを物語っていた。

こんな人が良家の奥様と呼ばれるに相違ないのだろうと、やや斜めに見ていた

私の耳に、後方より彼女の噂話が聞こえてきた。
 


「三宅さん、お決まりになったのね」


「あれから2年、いえ、3年かしら」


「長い婚約だったのに、それを白紙に戻すなんて。

よほどの勇気がなければできないわ。ねぇ……」 


「理美さんの方からお断りになられたんでしょう? 

近衛さんに何か落ち度があったとしか考えられないわね」


「アナタ、声が大きいわよ。迂闊 (うかつ) なことをおっしゃらないで」



確かに ”近衛” と聞こえてきた。

宗一郎さんが、過去に婚約を解消したことは知っていた。

では、先生の前に立っている女性と宗一郎さんが婚約していたと……

少しばかり声が小さくなったが、彼女達の話しはまだ続いている。

背中から聞こえてくる声を捉えようと、私は他の音を排除しながら耳を

後ろへと向けた。



「あら、ごめんなさい。

でも、男性側に非があったとしか考えられないでしょう」


「そうよね。お小さい頃からの婚約者だったんでしょう? 

それをお断りになるなんて、お相手に何かあったからじゃないかしら」


「何かしら。やっぱり……」


「やっぱり、なぁに?」


「女性問題……とか……近衛さん、ステキな方ですもの」


「アナタご存知なの?」


「えぇ、近衛さんと父の会社と取引があるの。

一度だけ、お食事をご一緒したことがあるわ」


「ねぇ、どんな方? 近衛さん、まだおひとりでいらっしゃるんでしょう?」


「おひとりのはずだけど……でもいいの? 

三宅さんがお断りになられた方なのよ。

見た目と違って、ひどい人かもしれないのよ」



彼女達の話の的は宗一郎さんの噂へと移り、あまり感心のできない表現に耳を

覆いたくなった。

口さがない女性達のおしゃべりは、宗一郎さんを悪者に仕立て上げながらも、

ミステリアスな部分を秘めた人物として興味をそそられるなどと、はしたない

方向へと進んでいた。

宗一郎さんが婚約を解消した相手だろうと思われる人は、まだ中島先生と

歓談中だった。

過去に少なからず彼に関わった女性だと思うと、私の目は ”理美さん” に

吸い寄せられていた。

左手の婚約指輪が誇らしげに輝いている。

笑うたびに口元に添えられる手に光る宝石は、幸せを誇示しているようにも

見えた。