須藤さんの話は、実に興味深く楽しいものだった。

博識である事は話の内容からわかるが、それがひけらかすといった感じでは

なく、たいしたことではないといったように、物の例えや由来を織り込み

ながら話を進めていく。

海外の生活が長く、日本の事情に疎いのだと本人は謙遜しているが、

話の端々に感じる情報は確かで、彼が我々に見せる顔は、ほんの一部であると

思われた。

とても魅力のある人物だった。


話は尽きずテーブルの会話は続いていたが、私はまだ珠貴と言葉を交わしては

いなかった。

誤解して連絡を絶ってしまった気まずさが残っており、話しかけることが

できなかった。



「須藤さん、お名前を伺ってもよろしいですか」


「これは失礼。僕は名刺を持っていませんからね、説明しましょう。 

名前の字は、知るの知に弓偏にカタカナのムと書いて」


「かずひろさん、とお読みするんじゃないかしら!」


「これは驚いた。僕の名前を言い当てたのは、静夏さん、あなたが初めてだ。 

ともひろ と呼ばれることがほとんどでね」



読み方ではなく、まず字はとおっしゃったので、もしかしてと思ったの、

と静夏ははしゃぎ得意気にしゃべり続けた。



「かずひろさんか……かずって読み方があるんだ」


「珍しいでしょう」


「初めて聞いたよ」



いつのまにか珠貴と話をしていた。

わだかまりなどどこにもなかったように、何気ない言葉がでていた。

こんな簡単なことが、これまでできなかったのかと肩の力が一気に抜け、

ふっと笑いのようなため息がでた。

珠貴も同じだったようで、ほんの少し肩をあげ口元をほころばせた。


テーブルの下に珠貴の手が見えた。

手を伸ばし、そっと重ねてから握り締めた。

彼女の指が動き、私の手を握り返してきた。


誤解だった、悪かったと、言葉にできない思いを指先で伝え合うように、

私たちは何度も手を握り返した。

繋いだ手をほどき指をさぐり手を絡めると、彼女の指が私を求めるように

絡みついてきた。

手のひらは次第に熱を持ちはじめ、きつく絡み合った指が離れることは

なかった。

手の熱が体の奥へと広がっていく。

彼女を欲しいと思った。

慰めでも、いたわりでもなく、欲望としての感情だった。

私は、珠貴と肌を合わせたような錯覚に陥っていた。