手を伸ばせば彼女に触れることができる距離だった。

彼女のため息が聞こえる。

珠貴もまた、私と同じように居心地の悪さを覚えているのだろうか。

どちらも顔を向けることなく、私たちはやや顔を背け気味に座っていた。



「宗、ちょっといい?」



”宗” という静夏の声に、珠貴の肩がビクンと反応した。



「珠貴さんにご挨拶をしたいの」 


「あっ、あぁ……」



私の前に身を乗り出すようにして静夏が話をはじめた。



「先日は失礼いたしました」


「こちらこそ……」


「ありがとうございました。これ、とても気に入っています。

お礼をお伝えしたくて、もう一度お会いしたいと思っていました」



珠貴の顔が大きく上げられ、耳元におかれた静夏の手の先を見つめた。

「あっ、それは……」 と驚きの声がした。



「大叔母も大変喜んでおりました。もちろん私もです……

私をイメージして作ってくださったそうですね。本当に嬉しくて」


「宗一郎さんの妹さん……」


「はい、近衛静夏です。先日はご挨拶できずに気になっていました。 

私のこと、もしかして誤解なさったんじゃないかと思って」


「いいえ、そんなことは……こちらこそ、急ぐ用事がありましたので、

慌しく失礼いたしました」



緊張の糸がほぐれていく思いだった。

珠貴の声は明らかに安堵した声に変わり、私を間にはさみながら静夏と会話が

始まった。

ぎこちなかった会話が少しずつ和らぎ、いつのまにか弾むようにかわされて

いた。



「珠貴、楽しそうだね。僕のことも紹介してくれないか」



親しく 「珠貴」 と呼ぶ声に、私の肩が大きく揺れた。



「あら、ごめんなさい。こちらは近衛さん、お兄さまの宗一郎さんと妹さんの静夏さん。

先日お届けしたお品を、とても喜んでくださいました。

こちらは私の叔父ですの。父方の叔父で……」


「須藤です。姪がお世話になったそうですね。ありがとうございます」



叔父だと? 

驚きで彼らの言葉をすぐには理解できなかった。

その男性は、確かに須藤と名乗った。

とっさに狩野を睨んだ。

珠貴の叔父だと知っていながら、私の前ではそ知らぬふりをした。

あたかも珠貴の婚約者であるような言い方をし、私を不安に陥れた友人は、

そっぽを向いて我関せずといった顔をしている。

狩野の横で佐保さんが、可笑しさをこらえるように口元を押さえていた。

私の迷いを戒めるように、自分で聞けと怒ってくれたことをありがたいと

思いながら、狩野を睨み続けることで、友人の仕業に腹を立てている

振りをした。