壁に掛けられたテキスタイルを見上げた口から 「すごいわね……」 と

同じ台詞を、今夜は何度聞いたことか。

食い入るように織り目を見つめていたかと思うと、数歩下がって全体図

を見渡し唸る。

三枚のテキスタイルは連作で、海外の展覧会に入賞したことで一躍注目された

のだと、妹の静夏から興奮気味に教えられた。



「この作者、まだ若いのよ。若いといっても宗と同じくらいかしら。

それでも認められるのが早かったくらいなの。 

私もこんな作品が作れるようになりたいわ」


「静夏ちゃんの作品ならウチで即刻購入させてもらうよ。

そうだな、新しいホールのロビーに飾るってのはどうかな」


「狩野さん」


「久しぶりだね。向こうで頑張ってるそうじゃないか」



副支配人の制服姿ではなく、スーツを着込んだ狩野が婚約者の佐保さんと

立っていた。



「ご婚約おめでとうございます。そちらの方が? 近衛静夏です。初めまして」



狩野が佐保さんを紹介し、女二人の会話が始まった。

テキスタイルの作家さんでいらっしゃるそうですね。

今度作品を拝見させてくださいねと言われ、満更でもない顔の静夏は

嬉しそうに頷いた。



「静夏ちゃんを連れて来てくれたんだな。連中が喜ぶよ。

彼女、人気があるからなぁ」



連中とは学生時代の仲間のことで、狩野が呼んだのだろう。

すでに何人もの友人から声を掛けられ、みなそろったように静夏へ愛想を

振りまいてきた。

彼らは良く我が家にも遊びに来ていたが、その頃まだ、中学か高校生だった

妹目当てにやって来るヤツがいたのも確かだった。

「静夏ちゃん、綺麗になったな」 とお世辞でもなさそうなことを口にして

から、耳元に顔を寄せてきた。



「彼女とケンカでもしたのか」


「誰とケンカしたって?」


「珠貴さんだよ。一緒に来るのかと思えば別々の相手を連れてくる。

いったいどうなってるんだ。とはいえ、近衛の方は妹だったがね」


「彼女の連れを知ってるか」



これまで珠貴に接近した人物の中で、もう一度交際を申し込むとしたら

櫻井だろうと見当をつけていた私は、初めて見る男が現れたことで動揺して

いた。

一緒にいる珠貴が安心しきった顔をしているのも、私が落ち着かない

要因だった。



「あぁ、知ってるよ。貿易商だ。語学に堪能な人物らしい。

彼が見つける雑貨は女性に人気があるらしく、 

欲しい業者がひきもきらないそうだ」


「貿易商が 『SUDO』 とつながって何の得がある」


「さぁ、そんなことは知らないね。だが、公の場に連れ立ってきたんだ。

須藤家も彼を認めた、そういうことだろう。

今は海外を拠点にしているが、珠貴さんのために日本に落ち着く

決心をしたんだろうな」


「歳が離れすぎてやしないか」


「歳? そんなの関係ない。10歳くらい上のほうが彼女を大事にするさ。 

見ろよ、見事なエスコート振りだ。

キザに見えないところをみるとそれなりの育ちなんだろう。 

女性をリードするすべが身についている」


「名前を知ってるか……」


「そんなに気になるなら、自分で聞いてこい!」  

 

今夜の狩野はいつになく突き放した言い方で、最後は怒るように

言い放つと離れていった。