オフィスから見える都内の風景に目をやりながら、大都会にしては緑が多い街だと今更ながら思う。
見慣れた風景だが見る角度を変えてみようか……そう思いながら窓に目をやると、確かにいつもと違って見えるようだ。
集めた情報のどこに漏れがあったのか、綻びなどないはずだと絶対の自信があったのに、彼女の言葉は私の判断を修正へと導いた。
言葉を交わした印象から、気性のハッキリした女性である事は間違いなく、育ちの良さからくる気位の高さもあるのだろうが、それだけではないものを彼女に感じた。
自分の意見を怯むことなく口にできる潔さを持ち合わせた女性だった。
新緑の勢いのある新芽のように真っ直ぐに伸びていく、そんな力強さを彼女に感じた。
強烈な印象を残して去った須藤珠貴を、また思い出していた。
「坂城興産の次女の嫁ぎ先をご存知?」
「あぁ、小栗代議士だよ。サカキは婿のお陰で恩恵を受けているはずだ」
「そうね、特に不動産部門はね。だから危ないのよ」
「なにが」
「離婚が近いわよ」
「本当か? しかし、夫婦の間が不仲でも離婚はしないだろう。代議士にとって妻は不可欠だ」
「あなたもそうなの……妻は添え物なのね。残念だわ」
「待てよ、今はそんな話じゃない」
信号で止まったとき、私に向けられた視線は蔑んだ(さげすんだ)ようにも見え、その口元は哀れな男だと言いたげだった。
「まぁ、いいわ。近衛さんが女性をどのように見ようとも、私には関係のないことですから。
話が逸れました。戻しましょう」
信号が青になるかならないかのタイミングで彼女はアクセルを踏み込んだ。
隣りに並ぶ車をあっという間に引き離し、滑るように都内を走る。
「男性にとって離婚は世間体も悪いでしょうし、ましてや代議士ともなれば政治生命にも関わってきますもの。
簡単に離婚はしないでしょう。
でもね、女は一旦この人は嫌だと思ったら、そんなものお構いなしなの。
別れてしまえばただの元夫、女の方には関係ないわ」
「だが会社がある。サカキというブランドは捨てられないんじゃないか。
彼女の結婚で政治家と繋がりができて、サカキは今の地位を守っている。
政略結婚の色合いが強かったはずだ、女の方だって納得ずくで結婚したんじゃないのか」
「そうでしょうね。でもね、女は感情の生き物なの。
嫌なものは嫌、おとなしい方なら我慢もするでしょう。でも、彼女はねぇ……」
「我慢しない方か」
「えぇ、いまお父様やお兄様方に説得されている最中よ。でも、おそらく、娘の願いを聞き入れるでしょうね」
「そうなれば大変だぞ。小栗代議士のボスは政務次官じゃないか。次期大臣の呼び声も高い」
「そうよ。離婚してサカキと繋がりのなくなった小栗さんを、ボスはいつまでそばにおいておくかしら。
彼らに子どもでもいれば、また状況は違ってくるんでしょうけど」
「ボスに切られた仕返しを、別れた妻の実家にするとでも?」
「ありえないことではないでしょう? 男性の方が始末が悪いもの」
「ひどい言われようだな……」
「ごめんなさいね、こんな言い方しかできなくて。お気に触ったのでしたら謝ります。
でも、離婚がマイナス要因になることは間違いない。そう思いません?」
「なるほどね……こちらの情報も完全ではないということだな。
もう一度検討してみるよ。ありがとう」
小栗代議士と坂城の娘の間に離婚話が持ち上がっても、ひた隠しにするだろうから、どれほどこちらが調べてもわからない。
それでも確かめなくては……そう思うものの、代議士夫婦の離婚の可能性を探る手立ては皆目見当がつかない。