「彼からイヤリングをプレゼントされた、それがすべての始まりだったの」


「そうだね……大きな事を興すきっかけは、些細なことだったりするんだ。 

それをちゃんと捉えたんだな、珠貴は」


「そんなことないのよ。みなさんに支えられてここまできたの」


「珠貴がそんな風に考えられるようになった。それが大事だよ」



そこまで言うと、話をいったんおいた。

手にしていたグラスを両手でゆすり、中の氷がカラカラと音をたてるのを

聞いていた。

私は次の言葉を待っていた。

知弘さんは、私に問いかける言葉を選んでいる。

そう思えてならなかった。



「彼は珠貴にとってどんな人だろう」



真っ直ぐに飛んできた言葉をかわすことができなかった。

返事を聞くまで、いつまでもここを動かないのではないかと思われるほど、

知弘さんは悠然と構えている。



「彼は……ぶっきら棒だけど優しくて、

強引だけど私の事をいつも思ってくれている人……かな」


「いい答えだね。どうしてそう思ったか聞かせてくれる?」


「家族を見送りに成田に行った時だったわ。

見送った私が寂しそうに見えたって…… 

肩の荷物を降ろすことも必要だと言ってくれた。

抱きしめてくれて、朝まで一緒に過ごしてくれた人だから」


「素直に飛び込んでいけばいいじゃないか」


「えっ?」


「迷ってるんだろう? 気持ちのままに飛び込んでいけばいいんだよ」


「でも」


「でも、私にはできない……と、決め付けているんじゃないか?」



立場が……と言いかけた私の言葉を知弘さんは遮った。



「僕が好きになった人には家族がいた。それは僕のせいじゃない。

好きになったとき、彼女に家族があった。それだけだから」



知弘さんの恋愛が辛いものだったのは知っていた。

それは母から聞かされたことで、本人の口から聞くのは初めてだった。



「愛した人に家庭があろうがなかろうが、そんなこと僕に関係はない。 

愛する気持ちを止めることはできないからね。

相手も僕の気持ちに応えてくれた。それで充分だったから、 

互いの気持ちが通じていれば、いずれ彼女は家庭を手放すだろうと思っていた。

僕を愛しているなら、当然そうなるだろうと思っていた。

けれど、そうはならなかった……」



店内の客は、誰も口を閉ざしていた。

知弘さんの話に聞き入っていた、と言ったほうがいいかもしれない。

小さく溶けた氷を一口含み、口を潤すとまた話をはじめた。



「僕は彼女を純粋に愛したけれど、

彼女は僕を同じようには愛してくれなかった。 

それがわかったから僕らは別れた。 

僕には彼女の気持ちを変えることができなかった。

これは動かしようのない事実だ。

珠貴、君には可能性があるのに、何もしないうちに諦めるのか……

そんなことは、僕が許さない」



最後の一言は、搾り出すように告げられた。

しばらくの沈黙のあと、店内がざわめきを取り戻した。


知弘さんの言うとおりだ。

私は、まだ何も行動を起こしてはいない。

ただ、彼からの連絡を待っているだけ……


あっ、と声が出ていた。

彼と話ができる機会があったことを思い出したのだ。




「一緒に行って欲しいところがあるの」


「僕が必要ならどこへでも行くよ」


「今週末、榊ホテルのパーティーだけど……彼も招待されているはずだから」



知弘さんにパートナーを頼み、週末のパーティーへ行くことを決めた。