知弘さんが連れて行ってくれたのは、これまで何度か一緒に足を運んだことの

ある無国籍料理の店だった。

オーナーシェフの森さんは、まるで昨日も顔を見せた客に挨拶をするように 

「やぁ」 と手を上げて私たちを迎えてくれた。

叔父の方も 「いつものヤツを」 と3年ぶりなのに常連客のように振舞って

いる。


”いつものヤツ” には 私の好きなベトナム料理をアレンジしたメニューも

含まれていて、私の好みも覚えてくれていたシェフに、ニッコリと笑みを

送った。



「笑った顔、いいね。珠貴は笑うことを忘れていたんじゃないのか」


「そんなことないわ……」


「恋をして思うようにいかない時は、みんな笑顔を忘れるものさ」



知弘さんの話は唐突に始まることが多い。

けれど、それは的を外れることがなく、遠まわしな言い方でありながら

ジワリと核心を突いてくる。

笑顔を忘れていると言われドキリとした。

母が言っていたように、最近の私はイラついてばかりだったのだから。



「私のことより知弘さんのこと聞かせて。何か面白い品物を見つけたの?」


「そうだね。でも、今夜は珠貴の話を聞きたいね。

新しい企画を立ち上げたそうじゃないか。さぁ、教えてもらおうか」



知弘さんはこう言って私のことを聞きたがり、長い話でも聞くよというように

追加のグラスを注文した。

服地とアクセサリーは大事なパートナーだからね、よく気がついたね、

とまずは褒めながら、私が話しやすいように誘導する。



「きっかけはね、このイヤリングだったの。

私のために特別に作ってプレゼントしてくださったの」


「珠貴がイヤリングをしているなんて珍しいと思っていたんだ。

そんなに大事な物だったんだね。それで?」


「せっかくのプレゼントだから、できるだけつけようと思って。

そうしたら、声を掛けていただくことが多くなって」


「どこで買ったのか聞かれたんだね」


「えぇ、だからオリジナルの一点物ですとお答えすると、

みなさんご自分の物が欲しいとおっしゃっるのよ」


「なるほど、それでこれは事業になると思ったんだね」



知弘さんに促されるように話を続けていた。

蒔絵さんとの出会いや、平岡さんのこと。

仕事で出会った人との繋がりがあり、自分だけの力ではここまでやって

来られなかったこと。

事業の立ち上げの過程で、父の経営者としての力量をあらためて見直したこと。

そして、いつしか宗一郎さんとの出会いを話し始めていた。