腹立たしさを抱えながら午後を過ごし、早々に仕事を切り上げ定時に退社した。

帰宅して母を捜し姿が見えると、私の口はすぐに動き出した。



「お母さま、真由ちゃんのことどこで話をなさったの? 

私、とても迷惑してるのよ」


「なんですか、帰ってきて早々。

真由ちゃんのことって、結婚が決まったことかしら。 

みなさん、気にしてくださっていらしたから、こうなりましたと

報告しなくてはと思ってお話しただけよ」


「私が結婚することになってるのよ。あちこちで聞かれて困ってるの。

ちゃんとみなさんにお伝えしてね、結婚するのは私じゃないってこと」


「ちゃんと言ってますよ。みなさんが勘違いなさるのは、

アナタのことも気に掛けてくださっているからでしょう」


「気に掛けていただかなくても結構です。

誤解されて、どれほど迷惑しているか」


「そんなに迷惑しているのか。珠貴、誤解されて困る人でもいるんだな。

どうだ、そうだろう」


「知弘さん! いつ帰ってきたの」



母の後ろから現れたのは、3年ぶりに顔を見せた叔父の知弘さんだった。



「義姉さん、珠貴を連れ出してもいいかな。今日はムシの居所が悪そうだ。 

このままだと、義姉さんに掴みかかりそうだからね」


「ひどいわ、そんなことしないのに」


「えぇ、えぇ、お願いします。このところ、この子、イライラしてるのよ。 

あなたの言うことなら素直に聞くでしょうから」



母親に散々な言われようだったが、私には叔父の訪問が嬉しかった。

父の一番下の弟である知弘さんは、父の異母兄弟だった。

年齢は父より私との方が近いほどで、叔父が学生の頃、大学に通うため一緒に

住んだことがあり、そのころまだ一人っ子だった私は、ずいぶん可愛がって

もらった。

母が 「知弘さん」 と呼んでいたので私もそれを真似たらしく、叔父と

呼ぶには若すぎたため、それ以来ずっと名前で呼んできた。

輸入の買い付けなどで海外を飛び回り、時々フラッと帰ってきては数週間ほど

我が家に滞在するのが常だった。

想い続けた女性との別れを経験し、傷心のまま日本を離れ、それ以来

このように風来坊のような暮らしをしていた。