紫子さんお手製の料理が並べられていく。

わぁ、美味しそうねと顔をほころばせてはいたが、胸の中はかの女性のことで

いっぱいだった。

フォークを手にしたとき はっ と思いついた。

婚約を解消した女性と、ふたたび交際が始まったのだとしたら……

それなら、すべての合点がいく。

何らかの理由で別れたものの、時が過ぎ、ふたたび気持ちが寄り添うことも

あるのではないか。

考えれば考えるほど、そうとしか思えなくなっていた。

美味しそうねいいながらさほど食の進まない私を、紫子さんは疲れている

からだと思ったのか、お疲れでしょう、今日は早くお休みになってねと

優しい言葉かけがあった。

彼女の言葉に甘える振りをし、私は早々に引き上げた。




その夜も宗一郎さんからの電話はなく、私の予想が的外れではないと言われて

いるような気がした。

家族を見送った私の寂しさを癒してくれたのは、彼の優しさがもたらした

行為だったのか。

心地良く抱きしめてくれたのは、可哀想だと思ったからなのか。

肌を重ねたのは同情からだったのか。

一度きりの夜を何度思い出したかしれない。

もう一度触れて欲しいと、どれほど思ったことか。

行き場のない思いを抱えて眠った夜は寝苦しさだけが残り、気だるい朝を

迎える日が続いた。





紫子さんから依頼のあったスカーフ留めのデザイン画が仕上がってきた。

この頃は蒔絵さんを指名するお客様が増え、彼女も相当数の仕事を抱えて

いたが、何事にも意欲的に取り組み次々と仕事をこなしていた。

伸び盛りの勢いを見せ付けられるようだった。



「蒔絵さん、こちらを優先してくださったんでしょう? 

お忙しいのに大変だったでしょう」


「いいえ……私より室長の方がお疲れではありませんか? 

あの……いろいろとお忙しくなられるでしょうから、

無理はなさらない方が……」



急に声をひそめ、辺りをうかがうように話しかける彼女の様子が気になった。



「無理はしていないけれど、忙しいのは私だけじゃないもの」


「でも、あの……婚約されるとお聞きしたので……」


「えっ、聞いたって、誰に?」


「平岡さんです。珠貴さんの様子はどうかと聞かれたので……すみません」



小さくなってしまった蒔絵さんに、事の次第を聞くとこうだった。

宗一郎さんの様子がいつもと違うので、何かあったのではないかと気になり

平岡さんが尋ねたところ、私の縁談が決まり、準備が進められているらしいと

いうことだった。

「決まったのなら仕方がない」 と言いながら、宗一郎さんの顔色が

すぐれない。

平岡さんがとても心配していたと……


噂と言うのは、どうしてこんなに早く広がっていくのだろう。

宗一郎さんのお母さまが勘違いしたように、同じように受け取った人が

ほかにもいたはずだ。

噂の根源は自分の母親にあるのかと思うと、いてもたってもいられなくなった。