「僕と結婚してください。」
平凡なセリフ。
差し出された指輪はまるでおもちゃのイミテーションみたいに鈍く光っている。
そして、プロポーズを受けた私自身、特段のときめきも感じなければ、感動も湧き上がってこなかった。

机からボールペンが転がり落ち、ふと我にかえる。
康介からプロポーズを受けて、3日が経つ。返事に困っている私をみて、返事はまた今度でいいと少し悲しげに言ってくれた。康介のことは好きだし、いつか結婚したいと思っていた。なのに、即座に「はい。」と言えなかったのはなぜか。
落ちたボールペンを拾い上げ、書きかけの履歴書に「職歴」と書き込む。
私は先月25歳になったが、未だに定職に就けずにいる。それも決心できなかった原因なのかもしれない。
しかし、それ以上に康介にこの前言われた一言がひっかかっているのだろう。
「俺は美咲の過去を全然知らない。」
言えない過去があるわけではないが、過去を語るのは好きではない。特に、恋愛について、恋人に語るなど野暮だと思う。それは、相手の過去の話を聞きたくないという思いと、自分の過去を知られて幻滅されるのが怖いというのと半々だった。だから、元カレとの思い出の場所に行っても、絶対にそのことに触れようとはしなかった。
書類選考で落ちて、返却された履歴書の山に目をやる。「慎重に選考を重ねました結果、まことに残念ながら…貴殿のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。」
どんな学歴、職歴ならば採用されるのか。
どんな恋愛経験ならパートナーとして受け止めてもらえるのか。
婚活というように、就職と恋愛は似ていると思う。この人とつき合いたいと思っていても、失恋してしまうように、入りたいと志願しても片想いで終わってしまう。逆に好きでもない人に告白されたり、あまり本気でない会社から内定をもらったり、とりあえずキープしてみたり…と、重なるところがある。

私の恋愛の履歴…
「平成15年4月 熊本県立東陽高等学校 入学」この日、私は初めて恋をした。