懐かしい出会いを思い出していると、ふと視線を感じた。
元々目線は時雨くんの方へ行っていたから、はっとする。
時雨くんはじっと、わたしを見つめていた。
びっくりした。いったい、どうしたものか。
「し、時雨くん…?」
「…何か考え事ですか?」
「え」
「随分と目が合っていたのに全然僕の方に気が向いていなかったようだから」
ちょっとムカつきました、と口を尖らせる時雨くん。
…何だこの人、何か可愛いぞ…っ!?
「…時雨くんのこと、考えてた…」
「僕の?」
「うん…。初めて、会った時のことを」
「初めて…」
ぽつり、呟くと時雨くんは顎に手を添え考え始めた。
その様子をじっと眺めていると、思い出したように時雨くんの目が大きくなった。
「そういえばあなた僕の名前覚えていませんでしたよね」
「う……ぁ、」
くすくす笑う時雨くんに、ばつが悪くなって俯いてしまう。
本当に申し訳ない。もうわたしはダメだ。
そんなわたしに、時雨くんは更にくすくす笑った。
「別に怒ってませんよ」
「…でも申し訳ないですもの…」
「ふふ、本当にあなたといるのは飽きませんね」
「!」
ぽん、とわたしの頭に時雨くんの大きな手が置かれる。
そのまま軽く、くしゃくしゃと撫でられわたしは何事かと思い呆然としてしまう。
「…怒らないんです?」
なでなで、なでなで。
先ほどよりも少し優しくなったものの依然としてわたしの頭を弄りながら時雨くんが不思議そうに言う。
はて。怒るとな。
なにゆえ?
そんなことを思っていたのが伝わったのか、時雨くんはゆっくりと口を開いた。
「この間僕が知らない男に頭撫でられてて、高月さん凄く怒っていたから。頭撫でられるの嫌いなのかなって、思っていたんです」
「嫌いじゃない…よ、というか嫌いかもしれないって思ってるのに撫でるなんてハルノくん中々いい性格してるよね」
「ふふ、試したかったんだ」
いたずらに笑いながら、頭を撫でていた時雨くんの手がゆっくり下降してきて、そのままわたしの頬をすっと撫でた。
どき、とする。
時雨くんは、わたしの予想もつかないことを平然とやってのける。
振り回されて、どぎまぎする。
時雨くんとこうして2人の時間を過ごすようになったのは最近で、まだこの人とかかわりを持つようになって日は浅い。
そうではあっても、この不思議な関係が心地よいと思ってしまっているのだからわたしも中々だなと思う。
「…他人に触れられるのは苦手なんだ」
「そうですか」
しれ、と時雨くんは答える。
その手は依然としてわたしの頬を撫でている。
心なしか、先ほどよりももっと、優しい手つきで。
まるでわたしのこれから言わんとしていることがわかっているかのように。
「僕も人に触れることはあまり好まない」
「でも時雨くんに触れられるのは、好きです…」
「奇遇ですね、僕もあなたに触れるのは好きです」
この気持ちが何なのかわからない。
この人と一緒にいるときのこの安心感も、胸が締め付けられるような瞬間の苦しみも、今の様に…わたしだけを受け入れてくれていると知った時の、例えようのない喜びも。
一体何なのか、わたしには、まだ理解しきれないでいる。