「…高月、菜華?」
床とキッスしている半ば屍状態の男子生徒たちを目の前に放心状態でいるときに、くるりと振り向いた時雨くんがわたしの名前を言い当てた。
「何で…」
「有名だから」
しれっと答えた時雨くんは、くく、と口元を心持ち少しだけ緩めた。
思わず目を奪われたわたしはまた何も言えずに、ただじっと時雨くんの顔を見つめていた。
「…有名ですよ、いつも人のコトを見ているのに他人に関わられることを極度に苦手とする不思議な女の子…、ついでに名前も変わってる」
今度は時雨くんの目元も少しだけ緩む。
それと同時に、わたしの口元もぐ、と緩んでしまった。
「時雨くんも有名ですよ…何を考えているかわからない、どこか遠くを見ている不思議な美少年…」
「似た存在かもしれませんね、僕らは」
「……時雨って名前ですか?」
「……………」
きょとん、と目を丸くして時雨くんがわたしを見る。
ずっと気になっていたんだ。
苗字なのかな、名前なのかな…、と。
みんなが言っているのは「時雨くん」「時雨」ばかりだったから、判断に困っていたのだ。
クラスも違うから、先生がどう呼んでいるのかもよくわからないし。
「……ふは、」
「へ?」
「ふっ…ふはは、はははっ…」
「え、え??」
突然笑い出した時雨くんに戸惑いが隠せずにいると、時雨くんはぽんぽん、と自分のすぐ横の床を叩いた。
…座れ、ということだろうか。
時雨くんの意思通りにそこへ座ると、今度はもっと近くで、時雨くんの綺麗な瞳と目が合う。
「教えてあげます」
「え、はい…」
「僕の名前は『華岡時雨』です。あなたの名前の『華」という字に岡山の岡で『はなおか』、時雨は名前であって苗字ではありません」
「…………」
「…わかりましたか?」
「………わ、わたしったら…!!??」
人の名前を間違えていたなんて、失礼すぎる…!
しかも「有名だよ」なんて言っておいて…!?
両手で頬を包みどうしようどうしようとパニックになっていると、また横から「ふふ、」と笑う声が。
「高月さんは面白いですね」
「え……」
「聞いていたのと違う。…もちろん良い意味ですよ」
「………」
口元を抑えて上品に笑う時雨くんを見て、わたしもつられてへにゃぁ、と笑う。
「時雨くん…敬語は癖ですか?」
「そうですね、別に極めているわけではないのでたまに抜けたり戻ってきたりしますが」
いたずらに笑う時雨くん。
綺麗すぎる人って、いたんですね。
…それが、わたしと時雨くんの出会いだった。