「屋上は立ち入り禁止ですよ」
鍵がかからなくなっているのか、妙にギィギィと鳴りすこぶる開きづらい屋上の扉を開けると、その向こうから中低音の声が聞こえてきた。
声は冒頭のように台詞を吐いた。
その場に突っ立って、屋上の冷たいコンクリート床に腰を下ろしている見慣れた背中をじっと見つめる。
視線を感じたのか、依然として動かないわたしを不審に思ったのかわからないが、背中の主はくる、とこちらに顔を向けた。
ぱちり、と目が合う。
真顔でひらひらと片手を挙げ手を振る。
「なんだ、高月さんか」
わたしの姿を確認すると、彼――時雨くんはふい、とまた同じように入口とわたしに背を向けてしまった。
ぱたん、と開けっ放しだった屋上のドアを閉めてから、ゆっくりと歩を進め時雨くんの隣の腰かける。
わたしが隣の座ることは予想済みだったのか、特に気にした風もなく彼は依然と屋上の柵越しの風景を眺めている。
夏になりかけの生ぬるい風が頬を撫でる。
時雨くんの綺麗な黒髪が、その風に吹かれてそよそよ揺れているのを視界の端に捉えて、何だか笑いが零れてしまった。
時雨くんはそんなわたしには気づいていない。
それをいいことに、じ、とまた時雨くんの顔を見つめてみる。
時雨くん…
正式なフルネームは『華岡時雨』と言います。
時雨くんは本当に不思議な人で、本当に名前の通り『時雨』のような男の子
その説明がいちばんしっくり来ると思う。
凄く凄く綺麗な顔をしていて、儚げに見えさえするところもまた然り。
でも一種の力強さもあって、まるでギリシャ彫刻を思わせる。
日本人離れしている、と思うのだが彼は純日本人らしい。
とても彼とわたしが同じ人種であるとは思えない。
神様というものがもし本当に存在するなら、何て不公平なことであろうか。
そんな時雨くんは勿論というか何というか、女の子に大人気である。
その不思議な雰囲気も、人気に拍車をかけているように思う。
…この時雨くんと一緒にいるとき。
この屋上にいるときだけが、わたし、『高月菜華』が唯一生きていると感じられるときなのである。