私を抱きしめたまま、頑なに動かない櫻井さん。

時折、思い出したかのように抱きしめる腕の力が強まって、何度もその腕に溺れる。

私も、いつの間にかその腕の力に応えるように、そっと櫻井さんの背中に腕を回した。


どれだけ、そうしていただろう。

部屋の中は、カチカチという時計の音だけが響いている。

すると。


「人ってさ」


突然、ポツリとそう呟いた櫻井さん。

その言葉に、抱きしめられたまま耳を傾ける。


「人って死ぬかもしれないって思った時、やり残した事が一気に頭の中に浮かぶんだ」


静かにそう話し出した櫻井さん。

その言葉に、首を傾げる。


「やり残した……事ですか?」

「いや、後悔した事かな」


――…聞いた事ある。

死ぬかもしれないって思った時、人は今までの自分の人生でやり残した事や、大切な人の顔や、その人との思い出が走馬灯の様に思い浮かぶって。

それが本当かどうかは人それぞれだろうけど。

でも、もしかしたら櫻井さんも何かが思い浮かんだのかな。

刺されたあの時、死ぬかもしれないと思った時、何かが浮かんだのかな。


だったら……何が?

誰が?


ゆっくりと彼の胸に腕をついて離れると、今度はあっさり解放してくれた。

真っ直ぐ真剣な顔で私を見つめる櫻井さんを、私も見つめ返す。

すると。


「俺は――お前の顔が浮かんだ」