「松本」


男の狂ったような笑い声の響く中、小さく私の名前を呼んだ櫻井さん。

その声で我に返って、彼に視線を向ける。

すると、こちらを振り返らないまま櫻井さんは小さく言葉を落とした。


「逃げろ」

「――っ」


カタカタと震える体で、反射的に櫻井さんのコートの後ろをギュッと掴んだ。

そして、嫌だというように首を横に振る。

それでも、櫻井さんはもう一度低い声で前を向いたまま言葉を落とした。


「逃げろ。早く」

「いやっ!!」


ようやく出た声は掠れていた。

必死に櫻井さんのコートを握りしめて首を横に振る。


私だけ逃げるなんてできない。

相手は狂ってる。

刺されるかもしれない。

それなのに、置いていけるはずない。


頭の中はパニックだった。

世界がグルグル回っている。

体が尋常じゃない程、震えている。


私が巻き込んだ。

櫻井さんを巻き込んでしまった。



――――殺される。