「どうして……」


訳が分からず、そんな声が落ちる。

そんな私の声を聞いて、男はケラケラと壊れたように笑った。

その姿は、あの日事務所で見た姿と似ているようで似ていない。

更に狂気を帯びたその姿は、もはや。


そう。

目の前に現れたのは、以前私のストーカーをして、事務所で私を襲った張本人。

櫻井さんが退職に追い込んだ、あの男が立っていた。


恐怖で声を失った。

壊れたように体を折り曲げて笑うその男を見て。

だけど、その手に握られたものを見て血の気が引く。

月明りを浴びて、不気味に光るソレ。

そして、その先端から、ポタポタと赤いものが滴り落ちている。


ズクズクと左腕が痛む。

温かいモノが腕を伝っていく。

切られたと分かるけど、それ以上に逃げなければと思う。


真っ赤に染まりだした私の腕を見て、櫻井さんが一瞬目を見開いた。

それでも、直ぐに私を抱きしめたまま立ち上がらせた。

そして、庇う様に自分の後ろに私を立たせた。


「そんなに一緒に死にたいんだ?」


そんな私達の姿を見て顔を歪ませた男が、冷たい声でそう言う。

まるで嘲笑うかのようにナイフをちらつかせて、ケタケタと笑った。