深い溜息を一度吐いてから、仕事の支度をする。
週末は一度も外に出なかったはずなのに、疲れが一つも取れなかった。
おまけに寝不足までプラスされ、頭の中は全く機能していない。
それでも、気持ちを新たにしなければ。
クリスマスのあの日の事は、『無かった事』なのだから。
それに、もうすぐ年も変わる事だし、残り少ない出勤日を無駄にはできない。
私には、仕事が相棒なのだから。
そう自分に言い聞かせて、玄関を開ける。
だけど、その瞬間飛び込んできた光景に、自分の運の無さを感じた。
「――…おはようございます」
「おはよ」
視線を合わせる事なく言った言葉に、同じように素っ気無く挨拶が返ってくる。
心の中は軽いパニックに陥っていたけど、それを表に出す事なく平然と部屋の鍵を閉める。
櫻井さんがここに住んでいると分かってから、一度も朝こうやって鉢合わせた事なんてないのに、どうしてこのタイミングで出くわすのだろう。
本当に神様を恨む。
「乗ってくか」
エレベーターを降りた瞬間、車の鍵を持ち上げて櫻井さんはそう言った。
そのあまりの『いつも通り』な様子に、面食らう。
「いえ、大丈夫です」
「そ。じゃ、後で」
そう言うや否や、颯爽と車を走らせた櫻井さん。
走り去っていくその車を見つめて溜息を吐いた。
見事なまでに『無かった事』にされていた。
それはありがたい。
私もあの日の事は『無かった事』として接したから。
だけど、逆に見事なまでにあの日の事を無かった事にされて腹が立った。
少しくらい意識してくれてもいいのに。
そんな矛盾した気持ちが、グルグルと渦を巻く。
一体自分は彼に、どうしてほしいのだろう。
自分をコントロールできない歯がゆさで、地団太を踏んだ。