頭の中で理性の糸が切れた。

そして、その瞬間、持っていたバックから手を離し、体を少し持ち上げた。


そんな私を見て、一瞬体を後ろに引いた櫻井さん。

それでも、私の唇を迎え入れてくれた。


冷たい唇が折り重なる。

絡み合う温かい舌が体温を上げる。

微かに香る煙草の匂いが口内に浸食していく。

何度も角度を変えて、貪る様に互いを確認し合う。


ずっと欲しいと思っていた。

ずっと求めていた。

こうなる事を、望んでいた。


それでも――。


少し糸を引いて離れる唇。

ゆっくりと目を開けた私を見下ろしている櫻井さん。

それでも、次の瞬間、目を伏せて私の肩を掴み、ゆっくりと自分から引き離した。

その瞳は、もう私を見ていない。


「悪い」

「――」

「忘れろ」


まるで切り捨てる様に、そう言った彼。

どこか後悔しているかのように目を伏せて。


その姿を見て、高鳴っていた心が氷点下まで落ちる。

ストンと高い場所から、堕ちたみたいに。

熱が冷えて、世界が時間を止める。


これが彼の答えなのか。

後悔、しているのか。

一気に心は地に落ちた。


そのまま立ち尽くす私に何も言わずに、櫻井さんは玄関の扉を開けて部屋の中へと入っていった。

私はそのまま、パタンと閉まる扉をただ見つめるだけだった――。