風が髪を後ろに流してくれる。

香っていた煙草の匂いも、もうここにはない。

大きく息を吸った瞬間、少しだけ冷たい空気が肺を満たした。

すると、じっと私を見つめていた櫻井さんが視線を目の前の夜景に移して口を開いた。


「俺がお前の考えにとやかく言う権利はない。俺はお前の親でもないし、友達でも、彼氏でもない」

「――」

「でも、1人の人間として言う」


真っ直ぐに私を見つめている櫻井さん。

揺らぐ事のない、その強い瞳から逃げたくなる。

まるで、自分が間違っているとでも言われている様な気がして。


きっと今は上司の櫻井さんではなく、駆の顔だと思った。

初めて会った時の目と一緒だったから。


「人は1人では生きていけない。どんなに強い人でも、いつかは崩れる」

「――」

「お前も、そんなに強くはない」


そう言って、ゆっくりと立ち上がった櫻井さん。

そして、ポケットから車の鍵を出して、帰るぞ。と言った。



何も言い返せなかった。

何もかも、見透かされている様で。