家に持ち帰っていた資料をバックから取り出して、パソコンの電源を入れる。

今日で溜まってきている仕事を片付けたい。

本当は、もう定時上がり命令を撤回したい所だけど、櫻井さんはきっと認めてくれないだろう。

変に心配性だから困ってしまう。


でも、もうおかしな電話も手紙もないし、もしかしたら相手にされないと分かって諦めたのかもしれない。

そう思っていた――。









「もう帰れ」


一心不乱にパソコンを打ち込んでいると、いつもの如く櫻井さんの一言が飛んでくる。

その言葉は聞こえているけど、あえて聞こえないフリをする。


「松本」

「待ってください。あと少しで終わります」

「お前の少しは当てにならない」

「――」

「松本」

「……はい」


最後の警告とばかりに名前を呼ばれる。

その声を聞いて、はぁと溜息を吐いて手を止めた。

今まで何度も抵抗してきたけど、ことごとく散ってきた為、素直に諦める事にした。

この人、私に負けず劣らず頑固だから。



「お先に失礼します……」


恨みがましく櫻井さんを睨みつけた後、まだ人が残る事務所を後にする。

ガラス張りのエレベーターからは、まだ夕日もさしていない世界が見えた。

最初は違和感に感じていたこの光景も、今では少し慣れてきてしまった。