それは屋上へと続く階段。
しんと静まる廊下には、南側の窓から夕日が差し込んでいる。
とても人のいる雰囲気ではないけれど七菜子は一か八か、階段を上った。
踊り場への最後の一段を上る。
(どうか、ここにいてーー)
「ーーななちゃん?」
視界に映ったのは、階段に凭れて片膝を抱えた影。
驚いたように体を起こした彼に、きちんとピントを合わせた。
(ああ、どうしよう)
彼の姿を見ただけでこんなに息が詰まるなんて、知らなかった。
知るはずもないと思っていた。
出会った頃には短かった前髪が少し伸びている。そんなささいな変化がとても愛しいものだったなんて。
困ったようなその瞳に吸い寄せられるように、七菜子は残りの階段を上がった。
正面から向き合ってみると、伝えたかった言葉がなかなか口をついて出てこない。
それでも無理やりに深呼吸をひとつして、七菜子は口を開いた。
「あたしね、面倒なことになっちゃったの」
「え、どういうこと」
予測できない話の始まりに、奏多は眉を潜めた。
それを気にする余裕など、七菜子には一ミリも持ち合わせてはいなかった。