丸太小屋の周りにピンク色の花が咲いている。
どこかで見たことがあるけれど、その花の名前を気にした事はなかった。
あちこちから、知らない人たちの笑い声が聞こえてくる。
遠くで、小さな子供が追いかけっこをしている。
真っ青な空にまばらに散った白い雲。
雲の向こうに青い空が透けて見える。
花の上に蜂が止まった。
カメラを向ける。
シャッターを押す前に飛んで行ってしまった。
どこに行ってしまったのかときょろきょろと辺りを見る。
蜂を探すうちに気づいた。
ピンク色の花がたくさん咲いていると思っていたけれど、ピンクだけじゃない。
白もあるし、少し濃い色のピンクもある。
座り込んで花にカメラを向ける。
花の真ん中は黄色く、ふわふわとしている。
隣の花の茎をてんとう虫が登っていく。
気がつくと僕をじっと見る女の子がいる。
白いワンピース。
「何を撮っているいるの?」
「おもしろいの?」
「どうしてカメラのレンズがそんなに飛び出ているの?」
「帽子の上に蝶が止まっているのはどうして?」
女の子は僕が答える間もなく質問を投げかけてくる。
僕はあっけに取られて彼女を見る。
彼女は不思議そうに僕を見返す。
「どこから来たの?」
相変わらず、質問を投げかけてくる。
僕がどこの街に住んでいるか伝えると彼女は笑った。
「こんな場所に来なくても、そんな大きな街ならもっと色々なものが見れるでしょう?」
「そうだね」
答えながら、風の向こうに自分が住む街を思い返した。
確かに色々なものがある。
ここよりも色々なもので溢れている。
「見たいものがないからかな」
僕の答えると、彼女はすぐに聞き返してきた。
「何が見たいの」
僕は困った。
見たくないものは沢山思いつくけれど、何が見たいのかが思い当たらない。
「やっぱり違うな」
「何が違うの?」
「ここにいると、見たくないものを見なくて済むんだ」
見つけに来たんじゃない。
逃げて来たんだ。
「見なくて済む場所に来たのに、何を探しているの」
僕は顔をあげた。
「どうして探していると思ったの」
初めて僕が質問をした。
彼女は笑った。
「だって一生懸命探しているでしょう」
まるで、そんなのは見れば分かるとでも言いたそうだ。
「この花の名前は何て言うの」
会話を変えたくて、もう一度彼女に質問した。
「知らないの。いつも見ているんだけど」
彼女が目を伏せた。
悪い事を言ってしまったような気がした。
「じゃあ、今度来るまでに僕が調べてくるよ」
「うれしい」
彼女はかわいらしい笑顔を見せた。
彼女の横に咲く花は、他の花よりもずっと濃い赤に見えた。

今年も僕はこの場所に来た。
彼女に会ってから、3回季節が回った。
相変わらず空は青くて、一面には見慣れた花が咲いている。
花の名前はコスモス。
花も、名前も知っていた。
なのに、この花の名前がコスモスだという事を知らなかった。
そんなものなのかもしれない。
そんな事を教えてくれた彼女に、この花の名前を教えたい。
ただそれだけのことなのに彼女と会う事ができない。
たぶん、次のこの季節にもここに来るのだろう。