彼は疲れた顔で歩いていた。
俺は声を掛けた。
「良くない運気ですね」
彼は足を止めて俺に近づいてきた。
「分かりますか?」
俺は同情した顔で彼に言った。
「貴方のせいじゃないですよ、悪い流れに捕まっているんです」
彼は泣きそうな顔で言った。
「どうしたら良いんですかね」
俺は彼の話を沢山聞いた。
最近、どれだけ不幸だったかを聞いた。
彼はもう涙目で語った。
「流れを変えてみませんか」
俺は彼に言った。
彼は俺から数十万円で一つのペンダントを買った。
それさえ持てば、今の悪い運気から守られると言ったから彼は買った。
嘘だよ、そんな事。

俺は彼を忘れた。
また別の人間に声を掛けた。
そして、同情し励ましペンダントを売った。

俺は彼を忘れていた。
彼は俺を忘れていなかった。
冬の寒い日だというのに、防寒着も着ていないみすぼらしい姿。
「お久しぶりです」
彼は俺に声を掛けた。
「お久しぶりです」
挨拶はしたけれど、誰か思い出せなかった。
彼は言った。
「あれからも本当に大変だったんですよ」
不幸な出来事の数々を彼は俺に語った。
そして、見覚えのあるペンダントを俺に見せながら言った。
「このペンダントを持っていてこれだけ大変な目に遭ったんですから、これがなかったらと思うとぞっとしますよ」
大切そうにそれを懐にしまった。
俺は「お役に立ったようで良かったです」と返事をした。
彼は首を傾げながら言った。
「でもこれ以上の不幸って一体どんな事だったんでしょう」
俺は首を振った。
分かるかよ、そんな事。
俺は鞄から指輪を一つ取り出した。
商売道具のインチキな安物だ。
通常これが数十万円に化ける。
「これを差し上げます。これもお守りになるんですよ」
彼は何度もお礼を言いながら、大切そうにしまい込んだ。
そうしてそのまま別れた。

俺は彼を忘れる。
そして仕事に励む。