長い列。
僕はいらいらしながら並んでいた。
列の先が見えない事に不安を感じているから、なおさらなのだろう。
不況の波が押し寄せ、僕も流行に乗り遅れることなくリストラにあった。
どこも同じような状況だから、再就職は困難を極めた。
仕事がうまくいっている時には誰もが「何かあれば力になります」と言ってくれた。
だから、望んでいない依願退職をしてもそれほど大きな問題には思えなかった。
こうなって初めて気付く。
彼らが力になると言った相手は、僕自身ではなく「仕事がうまくいっている僕」なのだと。
まあ、今さらそんなところに文句を言っても仕方がないのだけれど。
ひとまず、コネでの再就職を諦めた僕は職業安定所の列に混ざっている。
受付のカウンターが見えない程並ぶ人の群れ。
余計な時間が多すぎるから、余計な事を考えすぎる。

前の方から、一人の男が歩いてくる。
並んでいる人たちに何かを配っているようだ。
僕の番がきた。
「受付までまだ時間がかかるので、こちらの資料を読んで待っていて下さい」
受け取った用紙を見てみる。
職業訓練の資料。
色々な資格取得の講座が並ぶ。
何ページにもわたる資料の間に挟まっていたらしい紙がひらりと足元に1枚落ちた。
拾い上げてみる。
「夜間勤務者募集」
求人広告らしい。
夜間勤務か。
家族との時間が減るな、なんて考えながら資料をよく見てみる。
会社と契約を結んで、基本的には個人営業のような形を取るらしい。
こんな世の中だから、自分の分はきっちり自分で稼ぐという考え方の人も多いのだろうな。
「経歴不問、初心者歓迎。ベテラン陣による講習有」
良く見かける呼び文句だな。
結局は経験者の方が優位には違いないのに。
「月収1000万円も可能」
中々大きく出る会社だな。
若干ばかにしながらも、少しずつこの求人に惹かれてきている自分がいる。
目の前を見ると、何人か同じ紙手に列から抜けていく人たちがいる。
「事務所は不要。必要な道具はレンタル致しますので、自己資金0円から始められます」
「不明点があれば、いつでも専任スタッフのバックアップを受ける事ができます」
「フレックス制」
この求人広告通りであれば、かなりいい仕事に思える。
話を聞いてみるくらいであれば、良いのではないかと思えてきた。
話が出来過ぎていて、胡散臭い気もするけれど。
「技術を習得した後、独立も可能」
こんな時代だ。
手に職をつけられるというのも悪くない。

一体どのくらいの時間、僕はこの紙に見入っていただろうか。
列の先はまだ見えない。
同じ紙を持った男がこちらに向かって歩いてくる。
一瞬目が合った。
お互い気まずさを感じてすぐに視線をそらした。

結局この日、僕の順番がくる事なく受付時間が終了してしまった。
僕はとぼとぼと肩を落として歩いた。
いっそ先ほどの紙に書かれている番号に連絡してみようかとも思ったがやめた。
条件が良すぎて、臆病な僕には自分で連絡するという決断ができなかった。
次の日も、次の日も僕はあの列に並び続けた。
あの紙の事を気にしながら。
何度そこに連絡しようと思ったか分からない。

ある夕飯時、何気なく見ていたニュース番組。
よくある強盗が逮捕されたというもの。
犯人が映し出される。
上からフードをかぶっていたので良く見えなかったが、その顔には覚えがあった。
あの紙を手に列から抜けた男。
紙の内容を思い出す。
「夜間勤務者募集」
「経歴不問、初心者歓迎。ベテラン陣による講習有」
「月収1000万円も可能」
「事務所は不要。必要な道具はレンタル致しますので、自己資金0円から始められます」
「不明点があれば、いつでも専任スタッフのバックアップを受ける事ができます」
「フレックス制」
「技術を習得した後、独立も可能」
まさかな。
僕は苦笑いしながら、さんまの塩焼きに箸をつける。
僕は明日もまたあの列に並ぶだろう。