公園でぼうっと座っていた。
空から、何か降りてきた。
小さな子どもにしか見えないけれど、偉そうに言った。
『願い事を叶えてやるよ』
あんまり偉そうに言うので、何だか本当に願いが叶いそうで言ってみた。
『時間を戻してくれないか』
子どもは頷いた。

気づくと、先ほどまでとは違う場所にいた。
足もとが真白い。
遠くで黒い物が横に伸びている。
現実味がないので、少し近づいてみる。
近づいても近づいても、それはずっと横に伸びている。
やっと触れられる場所まで来た。

何かよく分からずに手を乗せてみた。
『戻りたい時間までそれを回すといい』
いつの間にか子どもは僕の横にいる。
長い、長い柱が横たわるような黒い物を目の前にして2人で並ぶ。
試しに押してみる。
全く動かない。
『動くのかい。これは』
子どもに話かける。
『時間の流れを簡単に動かせると思ったのか』
子どもはあきれ顔で僕を見る。
僕は何だか腹が立って、力いっぱい押した。

ぎぎぎ…

重い、軋む音がして心持ち動いた。
『これで、どのくらい戻った?』
子どもはひょいと飛び上がった。
空に浮かびそのまま昇って行った。
暫くして戻って来て言った。
『1秒くらいなもんだな』
げんなりした。
だが、意地もある。

ぎぎぎ…

力いっぱい押しては休む。
また、力いっぱい押す。
一度に1秒くらい分しか押す事ができない。
たまに頑張って3秒動かしても、その次押す時には1秒弱しか押す事ができない。

ぎぎぎ…

周りは暗くも明るくもない。
靄のような何かが覆っている場所。
見回しても、見回しても景色が変わる事がない。
目に入る動くものと言えば、相変わらず隣にいたり浮かんだりする子どもだけ。

ぎぎぎ…

途中で、子どもが僕に言った。
『もうやめるか?』
少し考えたが、やはり意地がある。
時間が戻ったらやり直したい事がある。
どれだけの時間がかかっても。
時間を取り戻す為に、時間をかけるというのもややこしい話だけれど。

ぎぎぎ…

一体、どのくらいの時間この棒を押していたのだろう。
気づけば僕の筋肉は衰え、触れた髪はやせている。
子どもは相変わらず、子どものままだ。
棒を押しながら色々な事を考えた。
時間をあの時に戻したい。
最初は、そんな時間が戻った後の事を考えた。
そのうちに、自分がいない事に誰か気づいているんだろうかと考えた。
自分と親しい人たちとの繋がりを一つずつ、一つずつ引出しから取り出してはしまうような感覚。

ぎぎぎ…

最近では…時間の間隔がないのに、最近というのも妙な話だけれど、たぶん表現としては最近で合っているんだろうな。
ここ最近、3回ほど押さなくては1秒も動かせなくなった。
時間の感覚が無い場所で、僕は年老いていたんだ。

ぎぎぎ…

もしも、子どもと会った日に過去に戻る事を考えずに未来を見ていたら、どんな次の日がきたのだろう。
次の日でなくとも、半日後、1時間後、1分後…1秒後ですら愛しい気持ちになった。
子どもが欠伸をしながら僕を見ている。

僕は手を止めた。
『もうやめるよ』
子どもは僕をじっと見た。
『時間はほとんど戻っていないぞ』
後ろを振り向く。
後ろを見ても、かすむ景色は変わらない。
『もういいんだ。そろそろ未来に進みたくなった』
子どもは頷いて僕の手を取った。

子どもと一緒に空に浮かび上がる。
僕が押していた棒から、どんどん遠ざかる。
初めは分からなかったが、離れるほどにその形が見えてくる。
見慣れた物の形。
ああ。僕が押していたのは秒針だったのか。

はっと気付く。
公園のベンチに座ったまま眠ってしまっていたらしい。
やけに疲れる夢を見た気がするけれど、内容が思い出せない。
目の前に子どもが立っている。
『願い事を叶えてやるよ』
生意気な口を聞く子どもだなと思いながら、何か試しに言ってみようかという気持ちになった。
一つだけ、願い事が頭に浮かんだが、頭に「ぎぎぎ…」という音が聞こえた気がして頭をふる。
『また今度にするよ』
子どもの頭にぽんと手を置いて立ち上がる。
歩きながら、ふと自分の手を見る。
何故か、まめだらけになっていた。