仕事帰り。
地下鉄は混んではいない。
鞄から本を取り出して読みふける。

ふと気付くと、子供が真正面に立っていた。
不機嫌そうに、こちらを睨んでいる。
しかも、よく見れば僕にそっくりだ。
着ている服にも見覚えがある。
ポケットに手を突っ込んで、黙って睨む。
座った僕と目線が同じ高さの頃の僕。

沈黙に耐えられず、話しかける。
『何怒ってんだよ』
子供の僕は、この質問も気に入らないらしく更に顔を歪める。
暫くして答えが返ってきた。
『カッコ悪い』
僕は苦笑いした。
子供の僕は、一言しゃべったら堤防が崩れたらしい。
『スーツがよれよれ』
『顔もよれよれ』
『遊びにも行かない』
『会社で怒られてばかり』
『朝も、昼も、夜もコンビニ弁当』
さすが僕だな。
いいポイントで攻撃してくる。
半ば感心しながら聞く。
最後に、もう一言言われた。
『こんなに言われも怒りもしない』
いい突っ込みだ。

『けどな、歯医者が怖くなくなるぞ』
子供の僕はちらりと僕を見上げた。
『ピーマンをうまく食べる方法が見つかるぞ』
子供の僕は少し眉を動かした。
『1人でも野球の試合を見に行けるぞ』
子供の僕はポケットから手を出した。
僕がどうして良いか分からずにいると、子供の僕は右手を差し出した。
反射的に僕も手を出す。
握手。
『大人、意外とすごいじゃん』

気づけば、聞き覚えのある社内アナウンス。
子供の僕が消えた。
慌てて立ち上がる。

冬道を歩く。
また、子供の僕に会いたい。
今度はもっとまともな自慢をしたいから。