野島君の部屋を見上げて、私は思わず「あ」と声をあげた。

隣りにいた野島君は恥ずかしそうに顔を伏せながら、「前にも言ったじゃん」と小声で言う。

彼の部屋と思われる窓には、逆さてるてる坊主がたくさん飾ってあった。

てるてる坊主を作っている野島君の姿を思い浮かべて、私は思わず笑ってしまった。

「そんなに笑うなよ。」

野島君は顔を赤らめたまま、私の頭を小突いた。

彼が玄関へ入って行くのを見届けて、私はもと来た道を引き返すことにした。

水たまりを踏まないように下を見ながら慎重に歩く。

――靴の中、乾かさないと……。

靴下にまで水が染みこんでしまい、少しだけ不快な感触がした。

もう少し話したかったな…そう思い、ゆっくりと彼の家を振り返ろうとした時、背後から声がかかった。



傘もささずにUターンしてきた野島君が、息を切らせながら私の肩を鷲掴みにする。

何事かと思い、慌てて彼を傘の中へと招き入れた。

私の肩から手を離して、野島君は数度深呼吸をした。



「……雨が降らない日も、一緒に帰ってくれないかな。」



手から傘が落ちそうになって、慌ててもう片方の手で持ち直した。

何を言われたのかしばらく理解できなくて、私は野島君を凝視してしまった。

野島君も、真っ直ぐに私を見下ろしていた。

「私なんかと一緒で良いの?」

私の言葉に野島君はおずおずと頷いた。

「紫藤さんなんかが良いんです。」

野島君は腰を屈めて私と同じ目線になった。

「俺と、付き合ってくれない?」

嬉しすぎて言葉が出て来ない私を、野島君は片腕で抱き締めてくれた。

ふわりと雨の匂いがした。

懐かしい匂いにそっと目を瞑る。




下駄箱で。

「紫藤さんって野島君と付き合ってるの?」

遠慮がちに声をかけてきたのは、クラスでまだ1度も話したことのない女の子だった。

横で靴を替えていた野島君がフッと顔を上げて、女子生徒を見る。

今までなら絶対に有り得ないことだったかもしらないけれど、彼は微かに笑ってみせた。

「うん、付き合ってる。」

今年出たばかりのpeace nowの傘を広げて、彼は小さな声でそう言った。