雨が続くようになった。

気分が落ち込む反面、心が穏やかになっていく。

私は、雨が窓を叩く音が少しだけ好きだった。



「傘忘れた……。」

下駄箱で。私が何も言わないうちから、野島君はぶっきらぼうな口調でそう言った。

私は今朝父親から貸してもらった深緑色の傘をおずおずを野島君に差し出す。

彼は満足げに頷いて、私と肩を並べて歩きだした。

2人での下校の際にいつも選ぶ裏道は、並んで歩くには少し狭くて、肩を寄せ合いながら歩かなければいけない。

最初のうちは気恥ずかしかったけれど、何度もやっているうちに慣れてきた。

以前は苦手だった雨も、今では楽しみの1つとなってしまっていた。



「やめないの?」

主語をすっ飛ばして、突然野島君に訊ねられた。

私は何のことか分からず、返答できなかった。

「ゴスロリ。皆から冷めた態度とられてるのに、続ける意味ってあるの?」

相変わらずの冷たい口調だったけれど、私は気にならなかった。

少しだけ考えて、「やめない」と小さな声で言った。

はっきりと自分の意見が言えず、存在を誇示することもできない私にとって、ゴスロリだけが唯一の自己表現だったからだ。

他の子たちと違って、流行物に次々と手を伸ばすようなみっともない真似はしたくない…。その一心で、私は毎年大してデザインチェンジもしないゴスロリばかりを着ていた。

「あんなの買うお金、何処にあるの。」

野島君は呆れたように言った。

「考査でクラス4番以内に入ったら、ゴスロリ一式買って貰えるの、必ず。」

私の言葉に、いつも考査1位の野島君は口をポカンと開けていた。

それだけではない。クラス10番以内だったら、1万円貰える。

普段真面目に授業を受けているため、10番以内に入るのは割と楽だった。

だから、皆が嫌がるテスト週間も、私の中では楽しみの1つだったのだ。



「私、昔はアニメオタクだったの。」

私のカミングアウトに野島君は、「全然意外性ないね」と返してきた。

アニメのキャラクターのストラップや文房具を使っていて、画面の中の男の子を本気で好きになっていた。けれど、周りからの視線や非難に耐えられなくて、結局は1年くらい経ってアニメを卒業してしまった。

「でも、すごく悔しかった。周りの為に自分の趣味を隠さなきゃいけないって、なんかおかしいでしょ。同じクラスのギャルたちはジャニーズに本気で片思いして、しかも皆にそれを主張しているっていうのに。私のアニメの趣味は『恥ずかしいもの』って見なされたの。」

当時の私からしてみれば、ジャニーズに本気で恋愛している女の子たちの方が相当イタかった。なのに、どうして自分が周りから馬鹿にされなければいけないのかまったく分からなかった。

そんな時、コスプレをしていた友達が急にロリィタを始めたのだ。

一緒にやろう!と強く誘われて、小さな箱ビルへ連れて行かれた私は、一瞬でロリィタの虜になった。

「今度こそは貫き通そうって思ったの。

で、貫き通してもう3年。

私にしては結構長続きしている方だと思うんだ。」

私の言葉に、野島君は「ふーん」と少しだけ興味を示したような声のトーンで相づちをしてくれた。



雨の日の帰り道、会話は少しずつ増えていった。

お互いのことを知ろうとして、質問をし合ったりした。

野島君はV系はそれほど好きじゃないけれど、洋楽が好きなのだと教えてくれた。お勧めの曲を数個教えてくれて、ついでに和訳を教えてくれた。

雨の日は例え2人が傘を持っていたとしても、一緒に帰るようになっていった。

私の部屋に飾られた逆さてるてる坊主はどんどん増えていった。



移動教室からの帰りだった。

トイレへ行くのか小さなポーチを脇に抱えたクラスの女子たちとすれ違った。伴野や清水たちのグループだった。

「もう野島とかホント最悪!ちょっと顔良いから期待してたけど、一々ムカつくよね!」

廊下に響き渡るような大声で、彼女たちは話していた。

「紫藤さんみたいな地味子の何処が良いわけ!?野島、目おかしいんじゃないの?

なんかことあるごとに紫藤さんのこと庇ってて超腹立つし。」

また何か言い合いになったのだろうか。

彼女たちを横目に見ながら、私は教室へと走って行った。



教室の入口は、他クラスの生徒たちで塞がれてしまっていた。

頭を下げながら教室の中へと入って行き、私はギョッとした。

花瓶の破片が床へと散乱していた。

そして、床に血の跡がついていた。

「とりあえず野島、保健室行くぞ。」

男子数人に声をかけられているのは、腕から血を流している野島君だった。

彼は教室に入って来た私をちらりと見て、すぐに視線を逸らした。

何があったのか分からず、茫然としている私の肩を、かつて女子のことを採点していたゴリラたちが叩いた。

「庇ってもらったんだぞ、お前。」

教室にいる生徒たちは、気まずそうに私から視線を逸らした。