部屋の端に置かれた椅子。退屈凌ぎに読みふけっていた本。
誰かから貰った装飾品。
己を映すだけの鏡。
見慣れたそれらは、今ではこの閉鎖的な空間を形作る背景にしか過ぎない。
そんな空間で、飛び立つ時を待ちながら、少女は窓の外を眺めていた。
広い屋敷の庭に植えられた木々は、若々しい緑に色付いて生い茂っていて、風が吹けば葉が靡く。
少女――月子(ツキコ)はそれらを焼き付けんばかりに見つめていた。
ふと葉が一枚散るのを捉えると同時に翡翠の瞳を伏せ、ほんの少し俯けば、腰まで届く梳られた髪が揺れる。
装いの黒色のオフショルダーのワンピースとは対照的なその明るい金髪は、陽の光を浴びて更に明るさを増していた。
「まだかな……」
月子は無意識に口を開いてそう呟くと、同時に部屋の扉が開いた。
「月子……」
呼ばれて顔だけ振り返ると、そこには少年が立っていた。
明るい金髪、翡翠の瞳、見覚えのある顔立ち、優しい声。
それら全てが月子にはこの上ない安心感を与えていた。
「支度が出来た」
「わかった…」
月子は短く答えて、小さな歩幅で少年に歩み寄る。
少年も同じように月子に歩み寄った。
距離が狭まり、二人は向かい合って立つ。
月子は目を合わせる為に顔を上げると、少年は浮かない顔をしていた。
「月子……本当にいいのか?」
少年は確かめるように問いかけた。
月子は一瞬戸惑いの色を見せて唇わ噛み締め、目を伏せた。
「………ええ。決めたことだから」
「上手くいく保証はない」
鋭利な刃のような言葉が胸に響く。
「わかってる。でも……何もしないまま諦めたくない」
月子はか細い声で、俯きながら答えた。
「もしあの人に知られたらと思うと怖いけど……きっと今しかないの」
「………」
「いつものように私を外に連れ出してくれるだけでいい。行き方は分かってるから、私一人で行ける。迷惑は掛けないから」
「別に迷惑なんて思ってない。俺もそこまで一緒に行く」
「でも……」
「月子は何も気にしないでいい。他の事は俺がどうにかする。例えあの人が相手でも」
「兄さん……」
彼の名を呟きながら、月子は悲しげに眉を寄せると、兄と呼ばれた少年は優しげな笑みを浮かべた。
そして月子に向かってそっと手を差し伸べる。
「行こう。時間がない」
「……うん」
兄の手を取ると静かに頷いて、月子は部屋を出た。
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