戸松 某所
「よーし……ちゃっちゃと向かいますか」
時間潰しの業務を終えて、瀬々は戸松の街を歩いていた。
ーー今更ながら、調停局に一人で行くのは
ーー初めてだったような。
今までは智昭の用事に付いて行くだけで、自ら赴くことなどは一度もなかった。
心なしか緊張に似た感覚が生まれる。
「あれはーー」
ふと顔をあげれば、視線の先にある人混みの中でとある背中に目が留まる。
それは周囲の人よりも小さくすぐに紛れてしまったが、とてつもなく見覚えがあった。
瀬々は駆け足で人混みを掻き分けながら近寄る。
ーーあの後ろ姿は……俺っち運がいいかも!
「あかねっちー!」
周囲の事など気にせず、確信を持って名前を叫べば、その背中は動きを止めて、肩に付きそうな黒髪を揺らしながら振り向いた。
「瀬々?」
振り返った少女に笑顔で駆け寄れば、海のように深く澄んだ綺麗な青い瞳で瀬々を捉えた。
「何?そんな大声で呼んで」
「いやー、歩いてたら見覚えある後ろ姿が見えちゃって!偶然とはいえ、俺っち運が良すぎッ!」
「それは良かったね。私の方は悪運が強過ぎたみたいだけど」
「悪運なんて酷いッスよー。俺は疫病神ッスかぁ?」
「冗談よ」
眉根を下げて落ち込む素振りを見せる瀬々に、少女ーー桜空あかね(オウゾラ アカネ)は楽しそうに笑った。
彼女はクラスメートであり、そして瀬々と同じく異能者である。
そして表裏なく物事をはっきり言うその性格から、本音で話せる数少ない友人でもあった。
「こんなところにいるなんて珍しいね。仕事中?」
「そうなんスよ。これから調停局の方にちょいと用がありやして」
そう言えば、あかねは目を丸くする。
「実は私も、これから調停局へ行くところなの」
「マジっすか!」
目的地の一致に嬉しさのあまり思わず声が大きくなる。
ーーやべ、今日めっちゃツイてる!
「なら一緒に行くッスよ!俺っち元気百倍!」
「はいはい。早く行こう」
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