藍猫 入口



「おはよーございま…ぶっ!!」


裏口のドアノブに手を掛け回し、足を踏み入れた瞬間。
顔の上部に何かが当たり、視界が真っ暗になった。
それとほぼ同時に頭に軽い衝撃が走る。


「やーい!引っかかった!ギャハハ!!」

「………」


やや放心状態の自身を現実に引き戻す無邪気な声。
晴れた視界の先であどけない笑みを向けるその存在に、瀬々は苛立ちを含みながらも半ば呆れてしまう。

ーーアイツが言ってたのこれかよ。
ーー不意打ち過ぎるわこれ。

瀬々は深い溜息を吐いた。


「昨日発売されたメカクシボールの威力はどーだ!参ったか!!」

「参った参った……ホント朝から元気ッスね」


バッグから手探りでタオルを取り出して顔を拭う。
顔から離して見れば、淡い青色のタオルには真っ黒な大きいシミが出来ており、今朝卸したのを少し残念に思った。
それから頭に乗っているものを丁寧に取れば、それは黒板消しだった。


「黒板消しって……なんてベタな」

「それ学校ってとこで、大人をからかうのに使うんだろ!」

「からかうって……むしろその大人が使うんスけど。まぁ否定はしないッス」


そう言えば、少年ーーテオドール・アドルナートはつまらないといった表情を浮かべた。
彼は藍猫の最年少社員であり、三歳下の同僚でもある。


「なんだよ悠。ノリ悪い。もうすぐ死ぬのか?」

「死なないし。あーでも別の意味で死ぬかも知んない」

「?なんだそれ」

「さぁね」


答える気はなく、曖昧な言葉ではぐらかす。


「それより、朝からいるなんて珍しいッスね。何かあったんスか?」


率直な疑問を口にすれば、テオドールは何故か視線を逸らした。


「何も…たまにはいいだろ。悪いかよ」

「そんなことないッスけど。でも今日は、ねねさん休みだったような…」

「知ってる。だからーー」


何かに気付いたのか、テオはハッとして口元を手で覆い、会話が途切れる。


「テオっち?」


.