桐島邸 自室
「………」
洋子と別れた後、真っ直ぐ自邸に帰った陽一は部屋に籠もって、学校から出された課題と向き合っていた。
区切りがついて時間を確認すれば、最後に見たときから既に二時間が経過していた。
――そろそろかな。
――時間的にも頃合いだ。
壁に掛けられている時計を見ながら、机にペンを置いた瞬間。
勢いよく自室の扉が開いた。
「陽一!陽一!」
自分の名を呼ぶ声に、陽一は立ち上がって振り返る。
「どうしたんだい姉さん。そんなに慌てて」
「大変なの!月子が……月子がっ…!」
――分かってる。
――想定内だよ。
「落ち着いて姉さん。月子がどうしたの?」
あくまで平静を装いつつ訝しげな表情で、静かに問い掛ける。
「月子がいないの!月子の好きな本を買ってきたから渡しに行こうと部屋に行っらいなくて…!慌てて屋敷中探したけど、どこにもいないの!」
「そんな……本当に探したのかい?」
驚愕を含んで、陽一は再度問いかける。
「探したわ!でもどこにもいないの……陽一は何か知ってる?」
「いや……昼過ぎに会ったけど、特に何もなかったよ。それに今日は友達と約束があって外に出てたし、帰ってからはまだ」
首を振りながら答えると、姉は不安げな顔をして徐々に青ざめていく。
「まさか……屋敷の外に?どうしよう。お母様にこの事が知られたら、月子が――」
「姉さん落ち着いて。まだ決まったわけじゃないよ」
「でもっ!早く探さないと…!」
「………この事知ってるのは?」
「多分、私だけだと思う」
――なら好都合だ。
陽一は安堵を含んで息を吐くと、再び口を開く。
「分かった。この事は誰にも言わないで。その間に僕が見つけて連れ戻すから」
「でもそれだと陽一が」
「大した事ないよ。それより姉さんに迷惑を掛けてしまう方が心配さ」
「私は平気よ。お母様とは最近言い合ってばかりだし」
不服そうに呟く姉に、陽一は困ったように笑う。
「母さんにとって、姉さんは大切な娘だから……心配してるんだよ」
「陽一」
「とりあえず近くを探してみるよ。姉さんはいつも通りに」
「分かったわ……ごめんなさいね」
不意に呟かれた言葉。
陽一は何も言わず、ただ笑みを返した。
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