某所


「………」


とある家の六畳半の和室。
月子は適当に置いてあった本を読みながら、窓から吹く穏やかな風に当たっていた。


「はいよ、月子ちゃん。こんなものしかなかったけど、一応着替えね」


ふと襖が開く音が聞こえ顔を上げると、知り合いである家主が声を掛けながら衣服を差し出す。


「ありがとうございます」


差し出された衣服を受け取ると、月子は軽く頭を下げた。


「ここ知り合いの部屋なんだけど、嫌だったら言ってちょうだい。すぐ空き部屋を用意するから」

「大丈夫です。一通り揃ってるし、読んだことない本もいっぱいあるから」


控えめにそう伝える月子に対し、家主は優しい笑みと眼差しを向ける。


「月子ちゃんは本当に本が好きなのね」

「はい。本は沢山のことを教えてくれる……私の唯一の自由でしたから」


読んでいた本を抱き締めるように抱える月子。
その様子を見て、家主は曖昧な笑みを浮かべる。


「奥様も酷なことをするね」

「ううん……母にとって、私はそういう存在だから。多分、仕方ないことだと思います」


自分に言い聞かせるように、どこか諦めているような物言い。
月子を包むように、穏やかな風が吹き、金の髪が靡く。


「……ごめんなさい。おばさんにまで迷惑かけちゃって」

「あら、いいのよ。それにこれくらい、どうってことないわよ」

「でも――」

「あたしよりも、陽一くんは大丈夫なのかい?あの子が一番苦労してるんじゃないか心配で」


家主の言葉に、思わず口を噤む。
彼女の言うとおりだ。
自分がこうしたことで、陽一に全て負担が掛かっている。

――分かってる。
――でも………。


「月子ちゃん?」

「……兄さんは強いから、きっと大丈夫です」


俯きながらも、月子は静かに断言する。


「あと定期的に来てくれるみたいで、おばさんによろしくって」

「あらそうなの?じゃあ陽一くんが来たときは、肉じゃが用意しなくっちゃ!」

「そうですね」


張り切る家主に、月子は笑みを浮かべる。


「そうとなれば、今日の夕食は肉じゃがにしましょ!陽一くんに美味しいって言ってもらえるように、今から練習しなくちゃ!」

「一緒に作っていいですか?」

「いいけど、疲れてない?」

「大丈夫です。私も料理ぐらい作れるようになりたいから」


その言葉に家主は快く承諾した。
その後、家主と他愛のない話をしながら、月子は部屋を後にした。


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