事務所を後にする瀬々の背中を見送ると、智昭は深く溜め息を吐いた。
「苦労してるな」
やや呆れたような同情を含んだ声が聞こえる。
顔を上げれば、色素の薄い長い髪を一つに纏めて眼鏡をかけた仏頂面の男がいた。
「あ、お帰り。クロードちゃん」
「ちゃん付けはやめろ」
不服そうに答えると、クロードと呼ばれた男は智昭のデスクの真正面にあるデスクに荷物を置いた。
彼は智昭の後輩にして同僚であり、四代目ケリーである。
「依頼はどうだった?」
「問題ない。こちらが用意した情報に蛇足はないし、あちらも割と好条件を提示してくれているからな」
「それなら良いね」
「そちらはどうだ?」
「仕事の方なら問題ないけど……瀬々ちゃんには手を焼きっぱなしかなぁ」
口を開けば生意気な事しか言わない。
ああ言えばこう言う。
野良猫のように自身を守る為に敵意を剥き出す瀬々に頭が重くなる。
「確かに瀬々の言動には目に余るものがあるが……それほど酷いのか?」
「んー前より大分落ち着いてる。けど最近また荒れ始めてんのよ。やっぱ連続最下位なのがよっぽど気に食わないのかも」
依頼の請負件数もさることながら達成件数も、瀬々はどの社員よりも群を抜いている。
誰よりもこの藍猫に貢献しているのは明白だ。
しかし客からの評判が良くないだけで、その成績は認められず、挙げ句には否定される。
例え瀬々でなくても、気に食わないだろう。
「それは分からなくもないが、単にお前が甘やかし過ぎてるだけではないか?」
「甘やかしてるつもりはないけどね。注意する時はするし。でもあんま刺激しないようにしてるかな。見掛けによらず繊細だから」
智昭が苦笑しながら答えると、クロードもまた苦い笑みを浮かべた。
「苦労しているのはお互い様、か」
「え、未夜ちゃんも?いい子じゃない」
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