藍猫 事務所
「先輩。長谷部さんの件ですが、このまま継続しちゃっていいッスか?」
「いいよ。あと沢村さんのもお願い」
「了解。山内さんのはどうしやすか?」
「前任のねねさんがいる時に決めるから、そのままで。それとオルディネから書類届いてるよ」
洋子の担当を瀬々に決めてから数時間。
窓から見える日は既に傾き、席を外していた他の社員達も戻ってきた後も、各自が受け持つ仕事をこなしていた。
「あとで取りにいきやす。それと後藤さんの件、ねねさんから連絡来たらすぐ教えて下さいッス」
目を合わせるどころか、顔すら上げずに瀬々は淡々と答える。
社員の中で受け持っている仕事が最も多いのは確かだが、先程から素っ気なく冷たい態度に、智昭は彼を一瞥しながら口を開いた。
「……ねぇ瀬々ちゃん」
「何スか?」
「なんか怒ってる?」
智昭の控えめな疑問に、瀬々は動かしていた手を止める。
そしてこれでもかと言うほど満面の笑みを浮かべた。
「そんな事ないッスよ。ていうか俺が怒るような事したんスか?」
「いや……そんな事はないけど」
「ならいいじゃないッスか。先輩は少し気にし過ぎッスよ」
責める言葉ではなくフォローする言葉に智昭は内心、感心を受ける。
――命令嫌いのあの瀬々ちゃんが
――一言も責めないなんて……。
――成長してる…!
「ありがとうね。瀬々ちゃん」
「大げさッスよ。別に俺、怒ってないどころか、お人好しにみせかけて、とんだ鬼畜野郎に一杯食わされた。ムカつく。とかそんなの全っ然、思ってないッスから」
「…………」
――前言撤回。
――担当にした事
――凄く根に持ってるわ。
沈黙する智昭をよそに、瀬々は携帯を取り出し時間を確認すると、ファイルを閉じて立ち上がった。
「区切りいいんで休憩行ってきやーす」
「ああ、うん……いってらっしゃい」
.