『私が守ってみせるから、安心してくれ』
『ですがッ…、きょ、夾竹桃の旗なんて……!!』
悲鳴のような声が部屋に響き、静けさに変わる。それでも鬼灯は女を見つめて狼狽えることはなかった。
『……千歳、落ち着いて』
千歳《チトセ》―――それは震えて小さくなる女の名だ。
呼ばれた響きには深い愛の籠った、とても穏やかなものが孕んでいる。千歳は少しだけ息を吐き出し、瞳を閉じた。
『今夜をどうにか終わらせれば、もう、大丈夫なのだから』
『………はい』
『千歳と、そして――――…』
そこで言葉を切った鬼灯は、千歳の身体を起き上がらせる。すると身を丸めていた彼女の下から、矮躯が姿を現す。
健やかな寝顔を覗かせるその子は、二人の愛の証。
『千歳とまきを、私は何があっても守るから』
まき――そう呼ばれた男の子は何も知らないように母親の体温に包まれたまま眠っている。
思わず涙が出そうになりながらも、千歳はそれを堪えて下唇を噛み締めた。
私がしっかりせねば。この子を、守らなければいけない。
そんな千歳を抱き寄せた鬼灯は、静かに目を閉じる。刻々と、迫りくる魂の期限。
鬼灯、千歳、まき―――この若い夫婦と子供の命が、今夜の生贄であると未だ風にはためいているであろう旗が告げていた。