―――この家の者についての文書記録は残されていない





『出たあァ!!!あそこだ!』

「……」



―――ただ唯一、”その家系らしき者”について記載された本が一冊




『旗だ!!!!《夾竹桃の花》の旗だああアァ!!』


昼下がりの大通り、突如響いた声に人々は何事かと振り向く。
通りをゆらりゆらり、歩みを進めていた”その人物”もふと、声に足を止めた。




「……夾竹桃の、旗」


ぼそり、低い声で呟かれた声には、冷たい殺気が帯びたような。じわりと汗が出るような畏怖のそれを感じさせるようなものだった。
皆が見上げる先には、一件の呉服屋の屋根の上にはためく、





――――…夾竹桃の旗だった



然程大きくはなく、黒地に白の夾竹桃-キョウチクトウ-の花が描かれたもの。


サア…、と薄気味悪い風が流れる。ある者は息を呑み、またある者は睨みつけ、ある者は見ぬふりをして歩き出す。



夾竹桃の旗、それが意味するものとは。



『……誰か殺されるぞ』

ぽつり、誰ともなく呟かれた言葉に、旗の掲げられた呉服屋の主人が嗚咽を漏らしながら吠えるように発狂した。

見る者たちに成す術はない。それは、決まったことなのだから。




―――夾竹桃の旗は死の予告

―――命を頂戴すると、脅迫の籠った旗

―――”夾竹桃”の名を持つ集団からの贈り物




「………またなのか」


低く呟くその声音は固く。滲み出る憎悪と、微細に響く悲愴な色は己に対してなのか、それとも夾竹桃の旗の向こうにいる集団へのものか。

その人物はしばらく風に揺れる旗を見つめ、そのまま雑踏へと身を投じ消えてゆく。



旗は嘲笑うように、音をたてながら揺れる。