「雰囲気まで千尋ちゃんにそっくりね!」
「えぇ。お転婆で心配してたんだけど、高校生になって落ち着いたみたい。」
私はニッコリと笑って見せてから、リビングに向かった。
“千尋”に似ているのは当たり前。だって姉妹なんだから。
雰囲気は似ているのではない。似せているのだ。
千尋は私の3つ年上の姉。
三年前に事故で亡くなった。
お姉ちゃん……。
私もあの時のお姉ちゃんと同じ年になっちゃった。
お姉ちゃん。
私、頑張ってるでしょう?
温厚な専業主婦で、家を守ることが生き甲斐だというような母。
朝から晩まで家族のために働いて、休日は母のサポートに努める父。
この二人の間に生まれたのが姉の千尋と私。
どこにでもあるような、温かく、幸せな家庭。
私達姉妹は両親にとても大事にされていた。
特に姉は美しい容姿と穏やかな性格、否の打ち所がない娘。
両親にとって姉は自慢の娘だった。
だけどそんな両親と冴えない妹を置いて、姉は死んでしまったのだ。
リビングの一番明るい場所、真っ白のラックの上に家族で撮った写真が飾られている。
温かく笑う両親。
今の私とそっくりな姉。
髪の短い活発そうな私。
私はぐしゃっと髪をかき上げ、キッチンの冷蔵庫を開く。
麦茶を取りだして一気に飲み干した。
ハァ、と息を付くと、溜息みたいに重たく響いた。
部屋に戻って今着たばかりの部屋着を脱ぎ捨てると、クローゼットを開けて適当に服を選んだ。
こういう風に生きるって、私自身が決めたこと。
だけど
どうしようもなく胸がザワついて、息が苦しくなることがある。
私は『私』でなくていい。
そう思っているのに、私が『私』を生きたがっている。
それでも私は自分らしく生きることが、怖くて堪らない。
母には朋美の家に行くと言って家を出た。
だけど私が向かったのは朋美の家なんかじゃない。
私は一人で街へと出る。
学区から離れた街を人込みに紛れながら一人で歩き、着いた先はファーストフード店。
バーガーとポテト、コーラのセットを注文し、窓際の席に座る。
堪らなく胸がザワついた時、私はこうして高校から離れた場所に逃げてくる。
知り合いに会うことのない場所で、やりたいことをやる。
私なりの、気晴らし。
お腹が満たされた私はふらふらと宛てもなく歩いた。
外はもう日が落ちてすっかり暗くなっていた。
ガチャガチャとうるさい音に呼び止められ、ゲームセンターに入る。
ざっと見渡し、隅にあるコインゲームのコーナーに向かった。コインを落としては増やすという、博打性を持つ遊び。
無心に続けている所で、ついに手持ちのコインが尽きた。
またお金をコインに化かすか、違うゲームをするか。
悩んでいたら突然肩を掴まれた。
びくっと肩がみっともなく震える。
「ちぃーちゃん。何やってんのかな?」
……しまった。
津村だ。
例によって爽やかな笑顔をこちらに向けてくる津村と、間抜けに口をぽかんと開けた私。
ああ、またモヤモヤする。
それに加え、周りのガチャガチャとやかましい音がとても不愉快だった。
「こんな時間に、こんな所で会うなんてね。」
津村のからかうような言い方がなんだか気に食わない。
だけど完璧に私の方に非がある。
こんな所を知り合いに見られるなんて。
しかも、実習生とは言え相手は学校関係者。
マズイ。
「あの…、あ、先生はなんでココに?」
「俺はこの近くで友達と会ってたんだよ。」
「そう……ですか。」
どうしよう、言い訳考えなきゃ。
どうしよう、何て言おう。
その時、津村はニッと笑ってこう言った。
「いい所、行こうか。」
「……え?」
津村は強引に私の手を引いてゲームセンターの外に連れ出した。
事態をよく飲み込めていない私は、数分歩いた所にある駐車場まで連れて来られた。
そしてそこに停めてあった黒い車に乗せられる。
「どこに、行くんですか?」
「いいとこ。」
私は半ば投げやりになっていた。咎められなかっただけマシだと思った。
バツが悪そうな私と、無駄に陽気な津村を乗せて、黒い車は夜の道を走る。
津村の車はなかなか綺麗に保たれていた。
カーステレオから流れる洋楽に合わせて鼻歌を唄う津村。
津村の隣は落ち着かない。帰りたい。
車は街の中心部から離れ、窓に浮かぶ人工的な光も減ってきた。
どこに行く気だろう?
まさか、人気のない所で襲われたりしないよね?
私はだんだん不安になって来た。
その時、車が緩やかに停車した。
私は少し身構えたけれど、津村の呑気な笑顔に導かれて車を降りる。
「わぁ……」
そこで見た物に私は感嘆の声を上げた。