私は『私』でなくていい。
ある時を境に、私は『私』である事をやめた。
ある姿を追い求めて、私は在るべき自分を作りあげてゆく。
品行方正、成績優秀。
穏やかな仕草と落ち着いた口調。
頭は黒髪ストレート主義。
これが私の在り方。
梅雨も明け、爽やかに晴れる初夏の朝。
半袖のパリッとしたシャツにチェックのリボン。そしてリボンと揃いの柄のスカート。
これが私の夏の制服。
しっかりとケアした黒髪を軽やかに風に靡かせながら私は学校へ向かう。
一限目は英語だ。
予習はバッチリしてある。
綺麗に磨かれたローファーを鳴らして歩く高校までの道のりが、私は好きだ。
「ちぃ〜!!」
不意に呼ばれて、私は後ろを振り返る。
そこには朋美(トモミ)が居た。
背が低くて色白の朋美は、そのくりくりとした目をパチパチさせて私を見ていた。
「おはよう、朋美。」
「おはよ!ちぃ、一緒に行こうよ!」
この『ちぃ』と言うのは私のあだ名。名前が『千晶』だから、『ちぃ』
自分で言うのもなんだけど、長身でわりと大人っぽい私には不似合いなあだ名のような気もする。
だけど名前で呼んでくれとは言わない。
私は『ちぃ』でなければいけないから。
「今日、教育実習生が来るらしいよ!!」
「へぇ、そうなんだ。」
年齢より少し幼く見える朋美の横顔に微笑みながら答える。
イケメン居るかな!?とハシャぐ朋美に対して曖昧に笑う。
「あんまり興味ないなぁ。」
「またそんな事言って!ちぃ綺麗なのに勿体ないよ!」
膨れて見せる朋美。
まったく、表情が豊かで羨ましい。
勿体ない、か。
けれどこの容姿で恋を得ようなんて、考えた事もない。
私達の高校はなだらかな長い坂の上にある。真夏にここを上るのは少し辛いけれど、私は嫌いじゃない。
いつものようにゆっくりと歩を進めていると、また後ろから声をかけられた。
「ねぇ、君達!西高の生徒さん?」
私と朋美は一瞬顔を見合わせて後ろを振り返った。
茶色い無造作な髪に不似合いなスーツ姿。背の高い若い男の人が、人懐っこい笑顔で立っていた。
「その制服、西高だよな?」
「そう、ですけど……?」
少し不審な目を向けた朋美がオドオド答える。いつも元気な朋美がなんだかおかしかった。
朋美の警戒心を振り切るかのように、男性は眩しく笑った。
「俺、今日から実習に来たんだ。よろしくな!」
あぁ、今日から来るっていう教育実習生の一人なのか。
ふと朋美を見ると先ほどまでの警戒の色は無く、その実習生の笑顔に顔を赤らめていた。
本当にこの子の表情はコロコロ変わって面白い。
ところで、実習生って色々と準備があるはずだ。こんな所で油売ってて良いのかな。
「あの、時間大丈夫なんですか?」
私がそう声をかけると、朋美の方に向いていた実習生の視線が私に移された。
目が合うと、実習生は一瞬動きを静止した。なんだか驚いたようにも見えた。
けれどすぐにハッとして左手首を目の前にかかげ、腕時計を覗き込んだ。
「あ、ヤベ!じゃあな!」
さっと手をあげて、実習生は高校へと続く坂を慌ただしく駆け登って行った。
一瞬、私の顔をまた見直した気がしたけれど、気のせいだろう。
「イケメン居たね!」
「うん、そうだね。」
取り敢えず朋美の調子に合わせたけれど、やっぱり興味なかった。
それどころか、何だかモヤモヤする。
なんだろう……?
生理的に合わないってことなのだろうか。