自分の記憶の方が、まちがっているのか。と、ツナ子は錯覚した。


ツナ子が教育実習生だったとき、配属クラスの担任をしていたのが、数学教諭の夫だった。
その教科の担当では、一番、生徒からの人気が高かった。

試験に受かり、初めての学校に赴任した後も、学区が近い事もあり、交流は続いた。
誠実そうな見た目に、ギャップはいらない。
背筋がいつも伸びていて、服にはシワがない。

休みの日もシャツを好んで着て、短く切った髪に黒いセルのメガネ。

「危ないからね」


日曜日の夕方、歩道の狭い道でツナ子を内側に避けさせて手を繋いだのが、最初だった。
身長差のある影を見つめながら、相手の方は互いに、見られずに居た。

「ツナ子、っていう名前は、糸へんの綱じゃなくて、
繋ぐって、漢字なんだね」

夫は、少しはにかみながら笑った。

いいな、と思った日の1年後には、
結婚が決まっていた。

挙式からしばらくして、夫のクラスの生徒が陸橋から、走行中のトラックに向けて、
飛び降りた。