不思議と涙は出なかった。
あの日に泣いといて良かった。
気持ちと裏腹に頭は冷静にそんなことを考える。
「どうして、キスしたの?」
すこし黙ったあと、光輝はポツリポツリとあの日のことを話し出す。
あたしの手は、とっても冷たかった。
「…あの日、一度だけ八田と2人きりになるときがあったんだ。言い訳がましいけどずっと、中山と旅館にいるひかるのこと考えてて…そしたら隣からひかるの香水が匂ってきて、」
そこで言葉が途切れた。
真の華…。そういえば、同じ香水だったね。
「……八田が、ひかるに見えたんだ。違うってわかったのは、キスしたあとだった…。」
…あたしと八田さんが違うって言ったのは、光輝じゃん。
あたし、すごく嬉しかったのに。
「そのあと必死で八田に謝って、最初呆然としてたけど最終的にはお互い誰にも言わないってことになって…。でも無理。ひかるにウソつくのとか本当に…」
光輝の声は完全に泣いていた。
それでもあたしは振り向けない。