「え?」
思わず聞き返した私に視線を向けた半沢さんは、手に持っていたコーヒーをひとくち口に含んで、
「この会社、業績がいい部署ほどフロアの階数が高いっていう話は聞いたことがありますか?」
少し面白そうに、まるで子供が学校で聞いた楽しい話をする時みたいな口調で話し始める。
「俺たち営業部は、18階っていう何とも微妙な位置」
「……」
「エースの新規事業部の企画開発課は39階でしょう。何かまさに“高嶺の花”だなーと思って」
その話は、入社してから何度か耳にしたことがあったけれど、噂の出所もわからないし。
そもそも会社側が、そんな社員のモチベーションが下がるだろう階級づけみたいなことをするとは思えない。
「でも、営業部の皆さんの商談成功率は他社とは比べ物にならないと聞きますし、実際に数字としてそれは出ています。ですから――」
“そんなことはないと思います”
そう続けようとした言葉は、半沢さんの「いや、ウワサ以上でした」という、よくわからない言葉で遮られてしまって、私はまた首を傾げる羽目になった。
――ウワサ以上?
一体何を話しているの、この人は。
涼しい顔をしながら、心の中でツッコミを入れる私の隣の半沢さんは、それまで窓に向けていた体を私にまっすぐ向けるようにソファーに座り直す。
「南場さん」
「はい?」
「今度、一緒に食事にでも行きませんか?」
「……」
まさかこんな所でナンパかと思いながらも見上げた半沢さんの表情は、真剣そのもの。
「すごく綺麗で仕事が出来る子が新規事業部に入ったって、南場さんが入社した時から聞いてはいたんです」
「……」
「ずっと、どんな子なんだろうと思ってはいたんですけど、なかなか話す機会がなくて」
確かに営業部と新規事業部では、仕事のテリトリーが違うというか……。
営業部が取ってきた仕事が回ってくることも稀にあるけれど、基本的にうちの部署は直接相手の企業から仕事を依頼されることが多いから、半沢さんと仕事をする機会は確かに一度もなかった。
「だけどさっきの対応もそうだし……。何より、宮野さんのお話を聞いて何か、うん」
何故か自分の言葉に少しはにかんだように笑って自己完結してしまった半沢さんには申し訳ないけれど、彼が私を食事に誘った理由よりももっと気になるのは、後半の一言。
“宮野さんのお話を聞いて”――そう言ったよね?
「あの、」
「ん?」
「宮野さんが何か言っていたんですか?」
「あぁ、さっき少し話をした時に、南場さんのことを聞いたんです。それで、食事なんですけど――」
平然とそう言ってのけた半沢さんは、勝手に食事の話を進めながら私の予定を確認しようとしているけれど……ちょっと待て。
もとい、ちょっと待って下さい。