――でも。

「お急ぎですか? 宜しければ、担当の者をお呼びしますが……」

そう声をかけたのは、彼の顰められた顔から何らかの緊急性を感じたから。


長身の彼は、カンちゃんと同じくらいの身長がありそうで、見上げる私にハッとしたように口を開いた。


「すみません、宮野さんはいらっしゃいますか?」

「はい。すみません、一応部署の規則で……。お名前を頂いてもよろしいでしょうか?」

「半沢です」

「営業部の半沢さんですよね。すみません」

なんて、いかにも“知っていました”的な様子で「少々お待ちください」と小さく頭を下げ、その場を離れる。


あぁ、おしい。
半沢か。

なんて答え合わせを頭の中でしているなんて、あの人は思いもしないんだろうなぁ。


しかし、ここでもまさかの“宮様”のご指名。

会社の中ではあんまり話をしたくないんだけどな……。

だけどそんなことを言ってもいられないから、心の中でこっそり溜息をついて、オフィスの中に引き返す。


若手のくせに仕事が出来るカンちゃんは、オフィスを見渡せる部長や課長と同じ並びにデスクを構えていて、そこに近寄るだけでも何だかちょっと緊張してしまう。


絨毯張りのオフィスを歩いて、たくさんの同僚のデスクを通り過ぎ……。

カンちゃんのもとに到着すると、小夜が彼に私からの伝言を伝え終わったところだった。


「宮野さん」

声をかけると、私の送った資料を確認しようとしていたのか、パソコンに落としかけた視線をゆっくりと上げる。


家ではかけていない、仕事用の紺縁のメガネの奥の瞳が私を見上げていて、なんだか笑いそうになるけれど、今は仕事中だと自分に言い聞かせて話を続けた。


「入り口に、営業部の半沢さんがいらしてます」

「半沢君? どうしたんだろう」

彼の訪問の理由に覚えがないのか、首を傾げて少しだけ眉根を寄せて立ち上がった。


そして私の前から立ち去りかけて。

何かに気が付いたかのように振り返って言ったんだ。


「資料ありがとう。まだ目を通せてないけど……いつも完璧だから助かってるよ」

カンちゃんの瞳はまっすぐに私を見つめていて、それが本心からの言葉なのだという事がきちんと伝わってくる。


「……ありがとうございます」

だからこの人は、上司にも先輩にも同期にも後輩にも好かれていて、それがこの端正と言われる顔のせいじゃないってことがよくわかる。


そしてこういう時、やっぱりカンちゃんは“4つも年上なんだ”と、ボンヤリ思うんだ。