「日和」

二人きりになった部屋に、カンちゃんの低い声が響き、

「お前は何してんだよ……!!」

少し苛立ったような声に体がビクッと震えた。

「こんなところに呼び出されて、二人きりとか……普通おかしいって気付くだろ!?」

「……すみません」

「つーかさ、ちゃんと“やめろ”って言えよ!! お前はあんな事されても平気なのか!?」


感情のまま言葉をぶつけてくるカンちゃんは、スーツを着て出張用の鞄を持っていて。

見た目は“宮野さん”のくせに、私を「日和」なんて呼ぶから。

「そんな……そんな言い方しないでよ!! 」

せっかく我慢して“南場さん”として接しないとと思っていたのに、これじゃ台無しだ。

急に大きな声を出した私に、カンちゃんは驚いたようにその目を見開き言葉に詰まっている。


「嫌に決まってるじゃんっ!! 嫌だけど……っ」

怖くて、気持ち悪くて、だけどあの手を振り払ったらスポンサーを降りられてしまうかもしれないと思った。

カンちゃんの企画を潰してしまうんじゃないかって――だから、だから言えなかったのに。

確かにカンちゃんの言うことは正論なのかもしれないし、私がした事を“カンちゃんの為”だなんて言うつもりは毛頭ない。

それでも、そんな言い方って。


「そんな言い方しないでよ、カンちゃんのバカ!!」

「……ヒヨ」

自分でもわかってる。

これが八つ当たりで、自分の言っていることが間違いだって事くらい、ちゃんとわかっている。

「わかってるもん!! バカなことしたって思ってるもん!! でも私だって……っ!!」

すごく悔しかったの。

最近仕事が楽しくなってきて、周りにも認められ始めて。

それに何より、カンちゃんの役に立ちたかったのに。

家に帰って来てゴハンを食べて、仕事をしながらソファーの上で寝てしまうくらい疲れているカンちゃんを知ってるから。

だから、少しでも役に立ちたかったんだ。


その全てが上手くいかなくて、自分がどうしようもなく情けなくて……。

それに追い打ちをかけるようなカンちゃんの言葉に、こんな風に言い返してしまう私は、本当に子供だ。


静まり返った部屋には、相変わらず涙をボロボロ零す私のしゃくり上げる音だけが響いていて。

顔を上げるに上げられなくなった私の頭上から、「はぁー……」という、溜息が聞こえて体を硬くした。

その空気に、てっきりまた怒られるんだと思った。

だけど、その予想は大きく外れて。

「……っ」

「ごめん」

小さな声が落とされるのと同時に腕を掴まれ、気づいた時には、体が温かいものにすっぽり包まれていた。