元々高幡さんがいることを知って桐栄大学に入ってきたカンちゃんは、1年生の頃から高幡さんの研究室に入り浸っていた。
「家内は宮野君のことが大好きだった。いつも『孫が出来たみたい』って喜んでね」
――けれど、カンちゃんが大学3年生の時、高幡さんの奥さんは亡くなった。
「年上女房だったから、仕方がない。人間は老いには逆らえないからね」
そう話す高幡さんの表情は、淋しそうだったけれど、それ以上に何故か幸せそうに見える。
「人がなくなるのは悲しい。けれど、いざいなくなった時、それ以上に“幸せだった”と思える生き方をしていればいいんだ」
「……」
「思い残すことがないくらい必死に生きて、必死に愛してやればいい」
瞳に映るのは、羨ましく思えてしまうほど幸せそうに微笑む高幡さんの表情。
でもそれが一瞬曇り……。
「それでも、大切な人を失う喪失感というのは、ひどく恐ろしい」
ゆっくりと瞳を伏せて、そう続けたのだ。
いつも一緒だった。
2人で精一杯生きて、幸せだった。
でも突然、いることが当たり前だったその場所から、居てしかるべき人がいなくなってしまった。
「時々、酷い悲しみが押し寄せてどうしようもなくなる時があった。そういう時は、いつもこいつで星を見上げていた」
立ち上がり、愛でるように優しく優しく、大切そうに。
高幡さんが、望遠鏡に手を添える。
奥さんとの大切な思い出が詰まったこの場所で、彼女が大好きだった星を見上げる。
“幸せだ”と本人が言うのだから、幸せなはずなのに、その情景を思い浮かべると、どうしても胸が痛んだ。
「だけど、星が見えない日も当然ある」
その言葉に、あの日――イギリスに行く数日前に、空を見上げながら高幡さんが呟いた言葉を思い出した。
――「今日は無理か……」
あの時、彼が見上げた空には分厚い雲がかかっていた。
あれは、そういう事だったのか。
やっとあの言葉の意味を知ることが出来た私の向かいの椅子に、高幡さんは再び腰を下ろして、「寒くないかい?」と私を見つめる。
それに小さく頷くと、彼はニッコリ微笑んで、
「最初に宮野君が私と一緒にイギリスに行くと言った時、実は私は、彼が君から逃げようとしているのかと思っていたんだ」
「――え?」
突然、そんな言葉を口にした。