スゥーッと冷たい空気を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
話す言葉を頭の中で整理してみたのだけれど、それ口にしようとすると、唇が震え出してしまう。
そんな私に静かに微笑んだ高幡さんは、「ゆっくりでいい」と頷いて、望遠鏡のレンズを覗き込んだ。
「……この前、カンちゃんに逢いに行きました」
そのたった一言を口にすることが出来たのは、高幡さんが空を見始めて10分近く経った頃。
真っ黒な空に吸い込まれてしまいそうなほど、弱々しく、彼の背中に向かって呟いた。
「――うん。宮野君は何も言わなかったけど、ボブが“日本から女の子が来ていた”って言っていてね」
「……」
「心配だった」
「だから逢えてよかった」と目を細めると、小さなテーブルを挟んで向かい合うように置かれている椅子に腰を下ろす。
そして「少し話をしようか」と、どこか淋しそうな笑顔を浮かべ、長い息を吐き出した。
「こう見えても私は、“天文学者”でね」
テーブルの上にスッと置かれたのは、きっと彼が大学の教員を引退するまで使っていたのであろう名刺。
桐栄大学 理工学部
物理学科 天文物理学研究室 教授
高幡 雄大
それを見て、初めて彼の専門分野を知った。
という事は、カンちゃんも……。
視線を名刺に落としたままでいる私の思考を読んだかのように、高幡さんは
「宮野君は、私の研究室の卒業生だよ」
まるで昔を思い出すように優しい声で、そう告げた後、
「それに、私の妻の教え子でもあった」
空を見上げながら、ポツリと呟く。
高幡さんの奥さん……。
今まで知ることのなかった、その存在。
これまで奥さんのことを高幡さん自身も口にはしなかったし、カンちゃんから聞いたこともなかった。
「と言っても、家内はもうかなり前に亡くなっているんだがね」
「……」
「すごく星の好きな女性だった」
静かに語られたのは、高幡さんの奥さんの話。
星が大好きで、自分と同じ天文学者で……。
同じ研究室の准教授だった彼女と高幡さんは、四六時中一緒だった。
「家に帰っても、ここで2人で星を見ていた」
そう話す高幡さんの表情はすごく優しくて、奥さんへの愛情がヒシヒシと伝わってくる。
そして――
「あぁ、時々宮野君も一緒に見ていたな」
その時のことを思い出すかのように、クスッと笑う。