「ジャンヌ君と私は、本当に赤い糸で結ばれているのかもしれないね」

近くの自動販売機で買って来たコーヒーを渡すと、高幡さんはそれをコクンと飲んで、笑いながら今回が3日間だけの帰国だった事を教えてくれた。


「赤い糸かどうかは微妙なところですけど、お会い出来てすごく嬉しいです」

そう答えて笑うと、高幡さんは優しい微笑みを浮かべたまま私の顔をジッと見つめて、再びコーヒーに口を付ける。


それからしばらくの間、高幡さんと私は、お互いの近況報告をしあった。

と言っても、私は仕事ばかりしていたから楽しい話なんてたいして出来なかったし……。

カンちゃんに逢ったことだって、話せなかったのだけれど。


高幡さんはその事にも気づいていたし、きっと私がイギリスに行ったことも知っていたのだと思う。

けれど彼は、それに触れることなく、楽しそうに目を細めながら何度も相槌を打って話を聞いてくれた。


そして、1階にある大きな柱時計が0時を知らせる鐘を打ち始めた時……。


「あぁっ!! すみません、こんな時間まで。そろそろお暇します」

時間が経つのも忘れ、すっかり話し込んでいた自分にハッとして立ち上がろうとした。

けれどそんな私を制すように、高幡さんがスッと手をあげて言ったのだ。


「ジャンヌ君、まだ時間はあるかい?」

「え?」

どうせ帰ってもお風呂に入って眠るだけだし、あると言えばあるんだけど。

こんな時間に一体何事だろうと、上げかけていた腰を椅子に戻して彼の言葉を待つ。


「君に見せたいものがあるんだ」

「“見せたいもの”、ですか?」

「勝手に見せたら、彼に怒られるかもしれないけどね」

彼は目を瞬かせる私を真っ直ぐな瞳で見つめ、ひとつ頷いて立ち上がると、部屋を出るよう私を促し歩き出した。


「こっちに来たのは初めてだったね」

前を歩く高幡さんは、懐中電灯の明かりを頼りに真っ暗な廊下を進んで行く。

いつも話をするのは、階段を上がって左手にある彼の書斎かリビングで、右側にあたるこの場所に立ち入るのは確かに初めてのことだった。


「……」

天井を見上げると、電気はある。

それなのに、それを点灯させないのには何か理由があるのだろうか?

エコ? 節電?

それに、先に進むに連れてどんどん肌寒くなっていく。

本当に何なのだろう?

遂に“肌寒い”を通り越し、寒さに体を震わせたその時、

「彼は、これを君に見せる事を何故か怖がっていたからね。……さぁ、今日はどうかな?」

そんな謎の言葉を独り言のように呟いて、高幡さんが目の前の扉を開けた。